「生贄 その5」(『今昔物語集』)

5.
「その夜が明けると早速、
この家に来てからというものすっかり怠けていた武術の稽古を再開しました。

自分の刀はここに来る途中で失くしてしまったので、
木刀をできるかぎり鋭利に研ぎ澄まし、

山で猿を捕まえてきては、わざわざ飢えさせて獰猛にし、
それらを相手に、一撃必殺の技を鍛えたのです。

犬丸は少し離れたところに座ってじっと見ていましたが、
やはり年頃の男の子なのでしょう、血が騒ぐのか、

自分も稽古に加わりたいと言い出し、
みるみるうちに、かなりの腕前になっていきました。

犬丸とともに稽古を続けるうちに、もう何十匹の猿を殺したでしょうか、
だいぶ腕の自信が戻ってきたころ、

稽古の合間に、犬丸と並んで休んでいたときに、
ふとこんなことを言い出しました。

「なぁ、お義兄さまは、怖くはないのか?」

「怖くはねぇさ」

「たくさんの猿たちに喰われるんよ」

「だからこうして、毎日猿を相手に稽古をしてる」

「猿神は、こんなやつじゃねぇ。
大人ぐらいの背丈があって、全身白い毛むくじゃらで、それはそれは怖いんよ」

「ハハハ。犬丸には怖いかもしれねぇが、俺にはそんなもん怖くねぇ。
そうだそうだ、いいものをやろう」

私は、自分がちょうど犬丸ぐらいの歳のころに、母親からお守りとしてもらった、
小さな木彫りの仏様を懐から取り出しました。

「お前は怖がりのようだから、これをやろう。
これを肌身離さず、身に着けていればもう安心だ。
万が一、、、万が一だが、俺が帰ってこなかったら、お前が衣を守らなくちゃいけないから、
今のうちに仏様を味方につけておくがよいぞ、ハハハ」

私はつとめて快活に振る舞っていましたが、
内心では恐ろしくないはずがなく、
普通の猿を何十匹も殺したところで、気休めにしかならないことは十分承知しておりました。

だからせめて、実の弟のように懐いているこの犬丸を、
安心させてやりたかったのかもしれません。

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・・・・・・

生贄の日まで、あと数日となりました。

物を食わせることしか考えていない主と、
隣で獲物を物色するような妻の様子は、この頃ますます気狂いじみてきましたが、

すでに覚悟を決め、自信も備わった自分にとってはもはや気にならず、
当日の計略を、何度も何度もひたすら頭の中で繰り返すのみでした。

その計略とは、こうでした。

私が生贄になる前日に、犬丸が姿を消します。

間違いなく継母が騒ぎ出し、家の者を総出で探しにやるでしょうから、
その隙に衣が、棺に入った自分に木刀を渡し、手足を縛った縄を緩めるのです。

そして、社(やしろ)に運ばれて置き去りにされた後、
猿どもがやって来るまでの間に自分で縄を解いて待ち、

棺の蓋を開けられたと同時に棺から飛び出し、
猿どもを片っ端から叩き斬ればよいのです。

あとは犬丸と共に無事に家に戻ったら、
主や継母はもちろん、村の人々にも一部始終を打ち明け、
貪欲な猿どもに騙されていたことを悔いてもらう。

以上の内容を、衣と犬丸とは幾度も確認し、
いよいよ、生贄の当日を待つばかりとなりました。」