「カラヴァッジョ展」(@国立西洋美術館)

まるで映画の主人公のような波乱の生涯を送り、
38歳の若さでこの世を去った、天才画家・カラヴァッジョ。

その人生もさることながら、とにかく、絵がカッコイイ。

そして、物語を背景に潜ませた人物画こそが、
この画家の真骨頂だと思うわけで、

そこにカラバッジョの代名詞ともいえる「光と闇のコントラスト」が加えられることで、
視覚的にも解釈的にも、劇的な奥行が生じてくる。

さて、今回の展示作品の中で、まず第一に取り上げなくてはならないのが、
これが世界初公開となる、「法悦のマグダラのマリア」。

「法悦のマグダラのマリア」(カラヴァッジョ)

結果的に死への旅となったローマへの船中に残された3枚のうちの1枚で、
この懺悔と官能の入り混じった表情と、
モノトーンと赤系によって描かれた独特の色彩が、
観る者の感性を刺激してくれる。

左の眼から零れ落ちる涙と、
しっかりと組み合わせた両手の指が、
言葉にならない言葉を、語ってくれているようだ。

左腕の裾が形作る複雑な襞や、右胸にかかる長い髪が、
画中に微妙なアクセントを添えている。

これを観るだけでも、来た甲斐があった。

「エマオの晩餐」(カラヴァッジョ)

いかにもカラヴァッジョらしい、「エマオの晩餐」。

そのパンのちぎり方をみて、
彼が復活したキリストだと、周りが気付いた場面。

キリストの右手の形、右側3人の表情と、顔を見せない左側の人物の姿勢、
そして劇的に表現された明暗のコントラストが、
物語の緊張感をこの一瞬に濃縮させている。

この絵を観ていると、
自分も6人目の人物となってテーブルの手前に座っているかのような感覚に捉われるのは、
僕だけであろうか。

「バッカス」(カラヴァッジョ)

一見単純であるかのように見せて、
実はこれが少年であることに、ある種の淫靡さを漂わせた作品(「バッカス」)。

女性的なふくよかな表情と、筋肉質な右腕と平坦な胸板が、
性のアンバランスを強調するとともに、

画面上下のフルーツと、なみなみ注がれたワインの量感が、
官能的ともいえる朗らかさを表現していて、

観ていると(というか、画中の人物に見られていると)、
何となく不安になってくる、不思議な作品である。

最後は、この天才画家を追随・模倣した、「カラヴァジェスキ」と呼ばれる画家たちの作品から、
シモン・ヴーエの「ゴリアテの首を持つダヴィデ」。

「ゴリアテの首を持つダヴィデ」(シモン・ヴーエ)

西洋絵画ではおなじみである、
ダヴィデが巨人ゴリアテの首を斬るシーンは、
大概が生々しく、雄々しい姿を強調するものではあるが、

この絵は、そのようなステレオタイプからは外れた、
静謐な美しさを湛えた一枚となっている。

右下に配置された、もはや物体と化したゴリアテの首が重心となり、
ダヴィデの視線がそれとは逆の左上に注がれることで、
バランス的な調和を図っている。

およそ闘争や血腥さとは無縁なこの作品は、
「カラヴァジェスキ」という枠組みに関わりなく、魅力的である。