チケットを買うのに15分、入場するのに1時間、
午後もやや遅めの時間だったので、思ったほどは待たされなかった。

とはいえ、通常の美術展よりはだいぶ混んでいることは間違いない。
本を片手に列で待ちながら、
なぜ若冲はこれほどまでに人気なのかを、あれこれと考えた。

・・・・・・
・・・・・
と、考え始めたのではあったが、何やら周囲が騒々しい。

そう、僕の周りおばちゃんの集団が。

四列になって待たされている状態で、
僕をコの字に囲むような状態で、
おばちゃん、いやお嬢様方の集団がものすごい大声でおしゃべりをしているわけである。

知らず知らずのうちに、会話が耳に入ってきてしまう。

・・・・・・・・
「最近、週末はほとんど美術展に行っていまして~」
「あらぁ、お時間があってうらやましいこと」
「こないだはカラバッジョ展に行ったのだけれど、なかなかすごかったわよ?」
「どうすごかったのかしら?」
「やっぱりルネサンスという時代は、リアルよね。」(ルネサンスではないのだが・・)
「そういえば、うちの子が部活にハマっててね。」
「まぁ、美術部なの?」
「いいえ、バスケ部なのだけれど」
「あら、素敵ね」
「いつもNHKで、NBAの試合を観てるから、私も選手の名前を覚えちゃってね。
●●●●って選手知ってる?」
「知らないわ。私は、外国人は画家と作曲家ぐらしか知らなくて、おほほほほ!」
「その選手がね、とにかく3ポイントシュートをよく決めるのよ」
「3ポイントを決めるなんて、眼がいいのね~。
私なんて、最近眼が悪くなって、本もろくに読めないのよ。」(隣で僕は本を読んでる・・)
・・・・・・・
・・・・
ここからずっと、眼の話になる。
恐るべき話題の転換力というか。もはや生命力というか。

とまぁ、文字にすると大したことはないのだけれど、
ライブで、しかもステレオ音声で両耳に入ってくるので、
もうね、読書どころじゃない。

開き直って、読書するフリをしながら、
おば・・、お嬢様方のおしゃべりを楽しむことにしたのだけれど、
不思議なことに、若冲の話は、まったく出ないのね。

あなた達、若冲展を観るために1時間も待っているはずなのだけれど、
カラヴァッジョやNBAもいいけど、若冲の話はないの?

と思ってたのだけれど、結局、最後までない。

入場してから、館内でもこのお、・・嬢さま集団を見かけたのだけれど、
それはもう、精力的に動いてましたね。バーゲンセールに来たかのように。

まぁつまりは、こういう方たちが、今回の若冲展のターゲットにもなっているわけで、
若冲の人気の秘密は、ズバリ、

分かりやすいこと

これに尽きる。

西洋絵画のようなキリスト教的物語性もなければ、
中国の故事をベースにしているわけでもない。

誤解を恐れずにいえば、底が浅くて、題材が分かりやすい。

でも、とんでもない画力があるから、
あぁ、この花はよく描けているわね、とか、
この鳥は素晴らしいわね、なんてことが、普段絵を見慣れていない人にでも、すぐ分かる。

そういう意味では、光琳にも近い気がするが、
光琳や北斎のようなギラギラしたカンジもないし、

宗達の豪放さとも違うし、蕪村の枯淡からももちろん遠いし、
ある意味、非常に現代的なのかもしれない。

というよりも、若冲の作品には、「時代」を感じさせる要素が極端に少ないことに気付く。

300年前のアヴァンギャルドが、いま、しっくり来ているということ。

具体的なことについては、いろいろな本や雑誌で書かれているので、
あえてここでは触れないが、

ukiyobanare的に割とお気に入りなのが、
「動植綵絵」の「梅花群鶴図」。

ご存知のとおり、若冲は執拗に鳥の絵を描いたわけだけれども、
鳥の顔を正面から描いたというのは、珍しいんじゃないかな。

「生誕300年記念 若冲展」(@東京都美術館)

カメラ目線ならぬ、絵画目線で、
見ようによっては、結構キモチワルイ。

鳥というのは、哺乳類と違って横に目が付いているわけだから、
伝統的な花鳥風月の文脈では、正面から描こうなんて、思いもしないわけなのですよ。

それを堂々と、正面から描いちゃう。

しかもそれを、「動植綵絵」の一枚の中に、しれっと混ぜてくるところが、
いかにも心憎いわけです。

こんな目で睨まれたら、
きっとこの鶴だって3ポイントシュートが巧いんだろうな、って思いますよ、
別にさっきの御嬢さんでなくても・・。

というわけで、エンターテインメントとしての若冲ワールドが楽しめたかな。
僕の求める「絵」は、ここには、ない。


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