「昔ばなし―あの世とこの世を結ぶ物語」(古川 のり子)
日本人なら誰でも知っているような「昔ばなし」を取り上げ、
そこに潜む民俗学的・文学的意味を汲み取ろう、
というのが本書のテーマ。

このジャンルは、もはや研究尽くされた感があり、
新しい説を唱えるのであれば、グローバルな視点からしかないと思うのだが、
その意味では、この本は期待外れだった。

何とかして新しい視点を作るべく、
踏み込む必要のない部分にまで踏み込み、

半ば強引に他の文献との共通点を見つけ出す、という手法は、
題材が題材だけに、「なるほどね」と思える部分もなくはないが、

疑問符が付く牽強付会的な論の展開が大半な気がする。

国語や国文学の研究者というのは、
海外の影響という要素を極端に嫌う傾向がある。

これは文学だけでなく、歴史や人類学も含め、
太平洋・大陸の交易圏の1つとして日本を捉えなおす、
という姿勢が必要であると思っており、

たとえば、仁徳天皇のくだりで、「ミソサザイ」について触れているのに、
西欧にもあるミソサザイの伝承には完全にスルー、というのは、
意図的であれそうでないのであれ、ちょっといただけない。

浦島太郎の玉手箱については、箱が身と蓋に「割れる」という部分に、
意味を見出そうと筆者は必死なのだが、

そこは捻らずに、「視るな」型のタブーの変形と見ればよい気がする。

もちろんそれでは今更本にするほどの新しさはないわけであるが、
文学は科学と違って、常に新しいことが発見されるわけではない。

繰り返すが、このジャンルでいま必要なことは、比較文化的アプローチなのである。

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