diary 2016/04

diary 2016/04

・2016年4月30日(土)
「メロディ」(英語)、「旋律」(漢語)、「調べ」(和語)は、
どれもほぼ同じ意味なのだけれど、微妙なニュアンスの違いが難しい。

・2016年4月29日(金)
今日は、濃度の低い祝日だった。
よく分からないけど、反省(←僕のPCでは「伴星」が第一候補で出る)。

・2016年4月28日(木)
GWの目標は、新曲マスター。

・2016年4月27日(水)
久々のタクシー帰宅(もちろん仕事で)。
最近は、終電逃したら、経費削減のために始発まで会社で仮眠してたのだけれど、
もうその気力も体力もない。
歳とったのか・・・。

・2016年4月26日(火)
ひと昔前までの鉄道は、起点駅が明確だったから、
「上り列車」「下り列車」の概念も分かりやすかったけれど、
昨今の、たとえば埼京線みたいに、渋谷-新宿-池袋とターミナル駅が途中駅になってくると、
じゃあ、渋谷から新宿に向かうのは、上りなのか下りなのか、もはや分からない。
「上り」「下り」に替わる新しい用語はないものか。

・2016年4月25日(月)
なんか三味線が安定しないと思ったら、
胴ゴムが完全にすり減ってた。
そういえば、江戸の初期の絵を見ると、三味線は椅子に座って弾いてる。
ルートはどうであれ、大陸から渡ってきた楽器だから当然なのだけれど、
でもやはり正座で弾いた方が安定はするんだよね。

・2016年4月24日(日)
ギャンブルに時間を費やす人は、その時間もコストの内だということを忘れている。
勝っても負けても、一瞬の喜怒哀楽で済ますのが、
上手なギャンブルの楽しみ方だと思う。

・2016年4月23日(土)
君が代とか日の丸よりも、小学校の「前へならえ」とか「右向け右」を廃止してほしい。
「休め!」とか、今考えると何様だよ!って思う。
おぞましき軍国主義の名残り。

・2016年4月22日(金)
午後の急な円安祭りで、ずいぶん儲けた人もいるだろうな・・(遠い目

・2016年4月21日(木)
今朝、駅に貼られている大きな地図の前に立って、
一点を指さしたまま、地図上で何かを探している人がいるのを見て思ったのだけれど、
人は地図の前に立ったとき、
現在地と目的地のどちらを先に探そうとするのだろう?
おそらく圧倒的に現在地派が多いのだろうけれど、
目的地派がいてもおかしくはない。

・2016年4月20日(水)
Webサイトでも、メルマガでも、ブログでも、TVでも、新聞でも、
とにかく「震災で被害に遭われた方へのお悔やみと自粛」だらけ。
そうするのは構わないが、「そうしなくては不謹慎だ」というような風潮は、
いかにも「右向け右」が好きな日本人らしくて、僕にはキモチワルイ。
バス事故で数十人の若者が亡くなったときはそうならなかった。人数が少なかったから?
外国でテロが起きたときもそうならない。日本人ではないから?
曖昧な価値観のまま、言説イジメだけは逞しい日本人。

・2016年4月19日(火)
音楽関連のHPを見ていたら、
「円高のときを迎え、ますます冴えわたる!」ってあったので、
なんだなんだ?と思ったら、
「円高」じゃなくて「円熟」だったのね。

・2016年4月18日(月)
「やっぱ食事制限って大事だよね~」
って言いながら、朝のラーメン屋から女性二人が出てきた。

・2016年4月17日(日)
祖母の十三回忌で鎌倉へ。
小坪の湊で春の嵐に遭う。

・2016年4月16日(土)
近所のダイエーにあるカルチャーセンターの前を通ったら、
子供が書いたと思われる習字が貼られていて、
書かれていたのは、「お水取り」。って、シュールだな・・。

・2016年4月15日(金)
「ワンマン社長」というと、ワガママとか自分勝手というイメージが強いから、
車内アナウンスで、「この電車はワンマン運転をしております」とか言われると、
つい、大丈夫か?と思ってしまう。

・2016年4月14日(木)
弓にせよ撥にせよ、
日常生活ではあり得ない手の使い方だということを肝に銘じる必要がある。
手はラクして慣れた形になろうとするからね。

・2016年4月13日(水)
「何をやってもダメな日」というのは、
「何もしなければ良い日」というわけではないのがツラい。

・2016年4月12日(火)
スマホの充電が切れてもモバイルnanacoは使えるのかどうかスマホで調べようと思ったけどそうだスマホの充電が切れてるんだった

・2016年4月11日(月)
恐竜が鳥になり、猿がヒトになったが、
その逆は起きえないのはなぜかを考えると、
そこには結構興味深い理由があったりする。

・2016年4月10日(日)
北陸新幹線の車内チャイムのメロディがやけに耳に残るので調べたところ、
谷村新司の書き下ろし曲だとのこと。
東海道・山陽新幹線の「いい日旅立ち」もそうだけど、
なんかこういう曲を作らせたら、この人の右に出る人はいないんでしょうな。
要するに、天才。

・2016年4月9日(土)
今日は高田で夜桜party。

・2016年4月8日(金)
最近、朝は皿帯を弾くのを日課にしているので、
あの気怠いメロディが午前中ずっと脳内再生されてる。

・2016年4月7日(木)
「おみおつけ」は漢字で書くと「御御御付け」だと知ったとき、
じゃあ「お見送り」は「御御御栗」だな、と思ったのは僕だけではないはず!

・2016年4月6日(水)
「捨てる神あれば、拾う神あり」というのは、
一神教ではあり得ない考え方なのだけれど、
要するに「どこかでマイナスだったら、きっとどこかでプラスである」という、
非常にバランスの取れた、ある意味近代的な思想だと思う。

・2016年4月5日(火)
昨日の続き。
かつて我々哺乳類の祖先は、獰猛な爬虫類から逃れるために、
夜行性の生活を強いられたことにより、
基本的には、視覚よりも聴覚の方が発達することとなった。
つまり、我々が混ざった音を無意識に聴き分けているとしたら、
それは天敵の呻き声をいち早く察知しようという本能からくるのではなかろうか。
そしてこのことは、多声音楽が和声音楽に先だって発展したこととも、
無縁ではないはずだ。

・2016年4月4日(月)
何かと何かを同時に食べると、別の何かの味がする、
というのはよくあるけれど、
何かと何かを同時に聴くと、別の楽器の音がする、
というのは聞いたことがない。
音色は波形の問題だから、
波がうまく合成されれば、フツーに起きてもおかしくないことなのだけれど。
音に関しては、聴き分けてしまおうという意識が強く働くのかもしれない。

・2016年4月3日(日)
結局、この週末も病院に行けなかった(行かなかった)。
注射打てばすぐ治ることは分かってるんだけど、
なかなか面倒でね。。。

・2016年4月2日(土)
こんな名前の日本酒があったらしみじみ飲めるなぁ。
「若気の至り」。

・2016年4月1日(金)
「私は嘘つきです」という言説が成り立たないことを、
「嘘つきのパラドックス」という。
それが正しいとすれば、その人は嘘つきではないことになり、
それが正しくないのだとすれば、嘘つきではなくなってしまうので、
いずれの場合も矛盾が生じるからだ。
けれども、エイプリルフールである今日に限っては、
「私は嘘つきです」と言っても、そこにはパラドックスが生じなくなる・・・?
よくよく考えると、これは不思議。

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