「仮名手本忠臣蔵」

「仮名手本忠臣蔵」

仮名手本忠臣蔵

 

DVD6枚組の、通し狂言(文楽)の「仮名手本忠臣蔵」。

週末とかに少しずつ鑑賞して、ようやくすべて視聴し終わった。

今更当たり前のような感想を述べても仕方がないので、
ここはひとつ、ukiyobanare流に。

「忠臣蔵」というと、何だか日本人流のサムライ魂的なものを想像するが、
実際のストーリーとしては、登場する男性キャラクターは、ことごとく頭が悪い。

そもそもの発端が、短気でプッツン気質の塩谷判官の粗相であり、
由良助や勘平は、「忠義」という名のもとに右往左往するだけの軽薄さで、

桃井若狭助に至っては、討ち入り後に格好つけて登場するが、
そもそもは塩谷判官同様の気性の悪さ。

そう考えると、「仮名手本忠臣蔵」というのは、
馬鹿な男どもに運命を翻弄された女たちの物語とすることもできる。

ただ、そんな頼りない男たちの中に、
ひとりだけ「大人」と呼べる人物がいる。

それこそが、加古川本蔵である。

その本蔵の見せ場となるのが九段目の「山科閑居の段」。

あまり上演される機会がないというこの段であるが、
親子、夫婦、忠義、「仮名手本忠臣蔵」全編に散りばめられた、あらゆる人生のテーマが、
この段に凝縮される。

この段だけで1時間半近くある大曲であるが、
尺八とともに本蔵が登場して以降はまさに圧巻で、

人生そのものの本質といってもいいぐらいのディープな内容を、
本蔵の口から語らせる。まさに独壇場。

三味線もいつになく饒舌で、
場の雰囲気を否が応にも盛り上げる。

であればこそ、息絶えた本蔵の衣装を由良助が纏い、
いざ敵討ちにと出立する場面で幕を閉じ、
続く第十・十一段目は蛇足に充てる、という上演スタイルは納得がいく。

「仮名手本忠臣蔵」のテーマは討ち入りなどでは決してなく、
この九段目こそがすべてなのだと理解すれば、
その後は本来不要のものである。

ただ、もしその後を語るのであれば、
個人的には、稲村ケ崎からの鎌倉上陸の場面を入れてほしい。

なぜならばそうすることで、大序で据えた「新田義貞の兜」という設定が、
最後の最後で生きてくるからである。

つまり、義貞の怨念というテーマを通奏低音的に貫くことで、
反足利、つまりは反徳川という強烈なメッセージが、
見え隠れすることになる。

ただ、今の時代としてはそのような政治的な匂いを嗅ぎ取ることは、
あまり意味のある鑑賞法ではない気もするので、
ここではあまり立ち入らないようにしたい。

ともかく、僕が言いたいのは、
本蔵という人物は、由良助以上に、もっと評価されてしかるべき、ということである。

事件の発端から、ほぼ全編に渡ってすべてを見通していたのは、
まさに本蔵だけであった。
(あまりに軽薄な桃井若狭助は除く)

忠義というのが、古き良き日本人の美徳であるならば、
この本蔵の生き方・行動力こそが、理想とすべきだろうと思うのだが、どうだろう。

常磐津の稀曲として、この九段目の前日譚としての「本蔵下屋敷」という曲があるらしい。

またの機会に、そちらも聴いてみたい。

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