I LOVE TECHNO MUSIC.

I LOVE TECHNO MUSIC.

進化論がエレガントである所以は、

それが文字通りの「生物の進化」について説明してくれるだけではなく、

世にあるあらゆるモノや現象についても、ある程度の確からしさをもって敷衍できる点にある。

ひとつひとつのモノ・現象に当てはめて検討したい欲求に駆られるが、
いまはそれを「音楽ジャンル」に限ってみよう。

おそらく手拍子や口笛のような、体を使ったシンプルな音表現からスタートした音楽は、
さまざまなジャンルを生み出してきた。

あるジャンルは絶滅し、あるジャンルは進化を遂げ、あるジャンルはそのまま生き永らえ・・、
といった状況は、まさに生物界の進化そのものである。

音楽の系統樹を描いたならば、我々が見慣れているあの、
単細胞生物から始まり、複雑な生物へ、魚類から両生類、爬虫類、単弓類を経て哺乳類へ、
という、末広がりの図とそっくりになるであろうことは、
容易に想像できる。

おそらく、音楽というものが人間によって作られたものである以上、
そこに作り手の進化の記憶が刷り込まれることは必然である気もするし、

あるいは、音楽とは所詮、限られた音の組み合わせパターンに過ぎないと割り切ってしまえば、
その組み合わせを、次から次へと試していった結果が、
単に進化のように見えているだけなのかもしれない。

ではそれぞれの音楽ジャンルについて考えてみると、
例えば、クラシック音楽は、ある時代に大いなる進化を遂げたが、
既に進化の行き止まりに到達して久しい。

ロックは、ニッチなジャンルであるが、
ニッチであるがゆえに自らの生存箇所を確実にキープし、
プログレやオルタナなどの新種を生みだし続けている。

Funkの系統は、ソウル、R&Bへと流れ、
更なる進化は難しいだろう。

Houseに始まるダンス・ミュージックも、
プログレッシブなものやトランスへと進化し、
一部は、ドラムン・ベースや2stepといった亜種を生み出してきたが、
それら新種が音楽界を席巻するまでには至っていない。

この他にも、各種民族音楽や邦楽などを含めてみても、
大雑把に言えることは、

我々が現在楽しんでいる音楽は、ほぼすべて進化最終段階に到達してしまっている

ということであり、敢えてネガティブに言い直せば、

どれも今以上の進化は期待できない音楽である

ということになる。

だが待ってほしい。

まだひとつ、上で言及していない非常に重要なジャンルが残っている。

それがTECHNOである。

テクノだって、所詮はハウスの亜流でしょ、という人もいるだろう。

確かに元々はそうだったかもしれない。

しかし、テクノというジャンルは、めざましいスピードで進化を遂げ、
そして今なお、進化をしている(おそらく唯一の)ジャンルだと思うのだ。

あらゆるジャンルを貪欲に取り込み、同化し、無限の表現パターンを持ち、、
とここまで書いて、ぞっとした。

これはまさにウィルスそのものではないか。

そう、生物の進化の原動力は実はウィルスなのではないかという説もあり、
音楽界ではまさにテクノこそが、進化の原因でありそして結果であり、
音楽が辿り着くべき究極の姿なのではないか、と思うのである(言い過ぎかも・・)。

なぜ、このような考えに至ったか。

それは先日、Chemical BrothersのLiveを体感したときに、
そう思わざるを得なかったからだ。

TECHNOは、基本はダンスミュージックである。

だからLiveでは、100%の人が踊ることで、全身で音楽を享受する。

けれど先日の僕のLive体験は、
(詳しくは書けないが)非常に特殊な状況下であったために、

Chemical Brothersのもうひとつの特徴である、映像による視覚の刺激をシャットダウンされ、
純粋に「耳だけで」その音楽を受け止めたのである。

もちろん僕は、昔は彼らを含めたテクノミュージックをよく聞いていたけれども、
Liveは初めてだったし、ましてや今回のような聴き方をしたこともなかった。

そして僕は驚いた。
いや、素直に感動したというべきだろう。

ひとつひとつの音が生き生きと、実に計算されて絡み合い、
しかもどんな複雑な音・メロディ・リズムにも対応できる、
まさにパーフェクトな音楽がそこにはあったのだ。

TECHNOというのは、もはやジャンルではない。
あらゆる音楽を内包できる可能性である、というのが僕の結論である。

※最後に、これは余談になるが、
Live会場に向かう電車の中で、十代の娘さんたちが、
「Chemical Brothers」を「コミカル・ブラザーズ」と読んでいた。
まぁそんなお笑いコンビがいてもいいだろうけど。

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