「音」という漢字は単純ではあるが、
その成り立ちについて考えてみると、
それほど簡単な問題ではないような気がしてきて、
調べてみることにした。

漢字には会意文字というやつがあって、分かりやすい例でいえば、

田+力=男
日+月=明

など、別の意味をもつ漢字二つが合体して、
一つの漢字になるものである。

「音」という字も、最初は何となく会意文字かな、
ぐらいに思っていたのだけれども、

立+日=音

では、何のことだかさっぱり分からない。

ギリシャ神話風に、
太陽の上に立ってポーズを作る音楽の神様とかも想像してみたのだけれども、
ソレジャナイ感が満載である。

それならば、ということで、
おなじみの「諸橋大漢和」と「岩波漢語辞典」とを、行きつ戻りつしながら、
答えを探ってみた。

篆書では「言」の字は、「辛」の下に「口」が付いている形となっている。

これは康煕字典にも載っている字で、「カツ」と読むらしい。

一方、「音」の字の篆書は、
この「カツ」の「口」の部分が「日」となっている。

つまり、「言」に「一」を足したものが「音」となっているわけで、
「諸橋大漢和」では、

(音とは)すなわち声の外に出でて節のあるもの。
故に言と一とを合す。一はその節あるを指事す。

と明確な解説を載せている。

音には節(メロディ)がある、というのは素敵な解釈で、
なるほど、ただ言葉を発しただけではダメだが、
そこに節がつくことで音楽となる、ということか。

これで無事解決、と思ったが、まだ問題は残っていて、
上の説が正しいとすれば、
「言」という字の「口」の部分を「日」にしたものを、
「音」を表す漢字にすればよかったじゃないか、というギモンが残る。

これについては、「言」という字の篆書が、
「辛」+「口」だったことを思い出してほしい。

おそらくは、「言」の方は簡略化が進み、
「辛」の部分が「なべぶた」+二本線に変わってしまったのだが、

一方、「音」の方はそのまま「辛」+「日」の形で残り、
それが若干簡略化して「音」の形になった、
とは考えられないだろうか。

生物の進化に例えるならば、
祖先は同じ二系統の生物(AとB)があって、

Aは祖先の形態からは離れてしまった一方で、
BはAの変化形でありながらも祖先の形態を残している、という状況、

乱暴にいえば、鳥とトカゲは、
鳥の方が恐竜の直接の子孫なのだけれども、
恐竜の形態に近いのはトカゲの方、といったカンジだろうか。

このことを裏付けるためには、
進化のミッシングリンク、すなわち、
「辛」+「日」という漢字が康煕字典あたりに明確に載せられていればよいのだけれども、
それはどうやら期待薄なようだ。

生物の進化と同様、漢字の形態の変化も、
必ずしもスムーズであるとは言えない例のひとつだろう。