文学

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「江戸の思い出」(岡本綺堂)

岡本綺堂は1872年の生まれだから、夏目漱石とほぼ同年である。 漱石や鴎外が、「文豪」として教科書でも取り上げられるのに対し、綺堂のような作家が、 メジャーになることは、まずない。 でも僕は、綺堂が大好きだ。 僕の綺堂熱は「半七」から始まったのだけれども、小説だけではなく、その随筆もまた、味わい深い。 この「江戸の思い出」に収められた随筆は、どれも傑作ばかりで、江戸から明治・大正にかけた、日本史上 […]

「百頭女」(マックス・エルンスト)

シュールレアリスムという意味では記念碑的な作品なのだろうけど、純粋な(この言葉は微妙だが)美術作品としては、どうだろう、二流作品なのではないか。 言うまでもなく、先人ゴヤの偉大なる「カプリチョス」がベースにあるのだが、その呪縛たるや、さすがのM・エルンストでも逃れられないぐらい強大だったに違いない。 「百頭女」を見た後に、無性にゴヤが恋しくなった。

「モーツァルトの台本作者 ロレンツォ・ダ・ポンテの生涯」(田之倉 稔)

果たしてダ・ポンテがモーツァルトのオペラを書いていなかったなら、彼は後世に名を残せただろうか。 残念ながら答えは「ノー」だろう。 当時の評判はそれほどではなかったみたいだが、フィガロやドン・ジョヴァンニは、モーツァルトの音楽全体で見てもかなりの傑作なわけで、 やはりモーツァルトあってのダ・ポンテと言うべきだろう。 そんな彼には失礼かもしれないが、その生涯については、別段特筆すべきことはない。 当時 […]

「異界を旅する能 ワキという存在」(安田 登)

能、特に夢幻能というのは、立体的構造が顕著な芸能である。 大抵は旅人である僧侶などが、日常とは異なる場所で、異界から訪れた霊と出会う・・・・ そのような空間的・時間的な立体感はもとより、その謡や物語に詰め込まれた古代和歌をベースにした文化的立体感、という意味もある。 冷静に考えるとそれは異常な世界なわけで、そのような特殊な設定に観衆が同化するのは難しい。 そこで、その異常な世界と日常(=観衆)との […]

「元禄期 軽口本集」

一言でいえば、江戸時代のコント集。 内容はなかなかレベルの高いものが多く、中にはうーん、と唸らせるものさえある。 言葉遊び、なぞなぞ、昔話、歴史物、そしてお決まりの下ネタ(わりとメイン)。 江戸の発想力の豊かさを、手軽に味わえる。 電車通勤を開始して3カ月余り。 こういう本(しかも文庫本)と一緒なら、苦にならない。

「吉原徒然草」

「徒然草」って、20代ぐらいまでは全然好きじゃなかった。 あの行間に漂う、独特のリズムというか抑揚というか、あれがイヤだった。 でもそれが、この「吉原徒然草」のようなパロディになると、逆に魅力になるということに気付いた。 淡々と語られる、吉原の女とそれに通う男。粋、通、心構えについて。 江戸時代の文芸はパロディの宝庫だけれども、「吉原徒然草」はよく出来ている方だと思う。 内容云々はこの際どうでもよ […]

「名文どろぼう」(竹内 政明)

この本は、全体の75%が「名文」からの引用で、25%が地の文からなる。 このような場合、得てして25%の方は「駄文」に陥りやすいものであるけれども、 この本は、違った。 軽妙でありながら含蓄のある言い回しは、唸らされるものがある。 名文を名文によって紹介したのが、この本である。

「『半七の見た江戸』~「江戸名所図会」でたどる半七捕物帳」

綺堂が、かの「シャーロックホームズ」 シリーズに触発されて「半七」シリーズを書いたことは有名だけれども、 ホームズ中に描かれたロンドンの風景の大部分が 今でもそのまま残っているのに対し、 半七が見であろう江戸の風景、そして地名でさえも、現在残っているものはほとんどない。 「半七」全編に登場する江戸の地名を、ひとつひとつ図絵で紹介し、解説を付したのこの本だ。 かつて「半七」を読んだときにはあまり気に […]

「江戸のことば」(岡本綺堂)

引き続き、綺堂を。 『江戸のことば』は「綺堂随筆集」とあるけれど、怪談も数話収められている。 「半七」と同じで、綺堂の怪談でどれが一番優れているか、あるいは怖いか、などと考えるのはあまり意味がなさそうに思う。 ただこの本に収められた「深川の老漁夫」は、コワい。 話しとしては特に捻りがあるわけではないのだけれど、謎の漁師と獺(かわうそ)との関係が、多くを語られていないだけに、異常さが際立っている。 […]

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