社会・文化

1/7ページ

「擬 MODOKI: 「世」あるいは別様の可能性」(松岡 正剛)

  久々に「セイゴオ節」を堪能できた、という感じだ。 「ほんと」と「つもり」、「あちら」と「こちら」、 「ちぐ」と「はぐ」、「あべ」と「こべ」、 呼び方は多々あるけれども、要するに、 一見矛盾と思えるダブルスタンダードを受け容れるべきだ、 なぜならばすべては「擬(もどき)」だからだ、 というエッセイ。 いつものように、歴史・文学・科学・芸術などなど、 幅広いジャンルの知見を縦横無尽に駆使 […]

「聖書、コーラン、仏典」(中村 圭志)

  仏教がキリスト教やイスラム教ほど広まらなかった理由のひとつとして、 聖書やコーランが持ち運び可能な「携帯サイズ」であったのに対し、 仏典は辞書何冊分にも相当するような、 膨大な量であったことが、挙げられる。 一般の人々が直接読めたかどうかはともかく、 その宗教のエッセンスは、 教典に凝縮されていることは間違いない。 我々は(我々でさえも)、 なぜか聖書に関する内容はそこそこ知っている […]

「記号論」(吉田 夏彦)

  数学でいえば、インテグラルやシグマ、 ÷や+、あるいは方程式のxやyといったもの、 音楽でいえば、フォルテやト音記号、 あるいは音符そのもの、 敷衍するならば漢字やアルファベットなどの文字そのもの、 これらはすべて「記号」である。 つまり記号というものは、 「何か」を「意味」し、「伝達」するものであるから、 コミュニケーション手段のひとつともいえる。 だから「記号論」なるものが、 コ […]

「性食考」(赤坂 憲雄)

  古今東西の文学作品や神話、民話などから、 「性」「食」「生」「死」についてのネタを洗い出し、 それらを重ね合わせることで、 主に「性」と「食」に共通する人間にとっての根源的な「何か」を考察する本。 目の付け所は面白いし、 この巨大なテーマに立ち向かうのはさすが、と思うけれども、 一冊を通じて、断片的なエピソードの紹介に終始している感が強く、 「論考」としての出来映えはいまひとつといっ […]

「世界のタブー」(阿門 禮)

  タブーとは少し違うが、 某都知事が、不適切な用語を使ったことで、 選挙で敗北したことは記憶に新しい。 その言葉自体に差別的な意味は全くないが、 コンテクスト次第では、不快であるととられかねない。 またここ数日話題になっている、 某スポーツ界もタブーの百貨店のような場所だ。 そもそも出自や育ちの異なる他者が集まれば、 程度の差こそあれ、そこには何らかの「タブー」が生まれるわけで、 それ […]

「最悪の事故が起こるまで人は何をしていたのか」(ジェームズ・R・チャイルズ)

  何十、何百という人々が命を落とした大事故の実例を、 50以上も取り上げ、 何故それが起きたのか、それを防ぐ方法はなかったのか、を、 綿密に検証している本。 とにかくディテールがすごくて、 すべての事故の現場に居合わせたのではないかと思うぐらい、 細部についてごまかしがない。 飛行機や原発の事故といったよく知られたものから、 ハッブル宇宙望遠鏡のトラブルのような人命に関わらない事故まで […]

「暗号大全」(長田 順行)

  なんでまた暗号なんかに興味を持ったかといえば、 暗号のもつ、「関数」そして「言語」としての側面が、 いまのマイブームにぴったりだったから。 例えば、ミッドウェー海戦におけるD暗号のような、 誰もが想像するいわゆる暗号の話から、 万葉集やある種の漢文のような、 言われてみれば暗号だな、というものの紹介や、 暗号解読・生成についてのテクニカルの話、 エニグマのような暗号機械についての説明 […]

「グーテンベルクの謎―活字メディアの誕生とその後」(高宮 利行)

  2000年代の前半、僕がまだ起業する前、 ケータイ(スマホではない、いわゆるガラケー)のアプリで、 漫画や書籍が読めるようになり、 ちょうどそのプロジェクトに少し関わっていたこともあって、 将来「紙で読む」文化は絶滅するのかどうか、 という議論がホットになっていた時期があった。 当時の僕の結論は、 「紙の本がなくなるわけないじゃないか」 というものだったが、 あれから10年以上経ち、 […]

「薄明のなかの思想 宇宙論的人間論」(埴谷 雄高)

埴谷雄高は、読まなきゃと思いながら読むことがなかった作家のひとり。 いつも立ち寄る古本屋で、まとめて売りに出されていたので、 何冊か買ってみた。 生誕について/意識について/存在について/愛について/性について/政治について/革命について/芸術について/死について/宇宙について というあらかじめ与えられた10のお題について、 彼が語ったものをテープから起こして本にしたものらしいが、 それなのに、い […]

「木偶の舞う夢」(おおえまさのり)

  現在の国立文楽劇場にあるほとんどの首(かしら)を制作した、 文楽の人形師といえば、まさに大江巳之助のこと。 彼の一生や、その仕事観について、 息子さんが綴ったエッセイ。 文楽といえば、 三味線、太夫、人形遣いのいわゆる三業からなるわけであるが、 裏方ともいえる、人形師にスポットが当たることはほとんどない。 けれども、容易に想像できる通り、 すぐれた人形師によるすぐれた人形があるからこ […]

1 7