芸術その他

「我が子を喰らうサトゥルヌス」

芸術とは、須らく美しくあるべきなのか。 だとしたら、そもそも美しいとはどういうことなのか。 内容なのか、形式なのか。 形式的な美しさであれば、すぐに理解できる。 では、内容的な美しさはどうなのだろう。 作者・作家が真実を吐露することが、内容の美しさにつながるのか。 その場合、形式的な美しさを伴う必要があるのか、そうではないのか。 ・・・・・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・ 禅問答と一緒で […]

美人画職人

ふとしたきっかけで、美人画の一番の名手は誰だろうか、と考えてみた。 ルノワール、アングル、歌麿、マネあたりで決めようかなとしていたところ、 ひとり、すごい名手を忘れていることに気付いた。 フランツ・ヴィンターハルター。 典型的な宮廷画家で、まさに美人画職人。 正統な美術史的には微妙な存在なのだろうけど、 ひとつのジャンルで、他の追随を許さないスタイルを確立している、という意味では、 音楽における、 […]

「Pen No.341 日本美術をめぐる旅。」

コンビニに行ったら、偶々目に入ったので、 久しぶりに「Pen」を買ってみた。 特集タイトルは、「日本美術をめぐる旅。」 水墨画に始まり、障壁画、絵巻、茶室、庭園、建築、茶器、仏画、若冲、縄文、というラインナップで、代表作を紹介。 見てのとおり、最後の2つ、「若冲」と「縄文」というのが、 かなりの変化球で、その中でも、特に「縄文」。 僕は常々、「日本美術」という枠組みの中で、「縄文」を語るのは、 慎 […]

エゴン・シーレでも語ってみようか

部屋の整頓をしていたら、隅からamazonの箱が出てきた。 何だろうと思って開けてみれば、中からはエゴン・シーレの画集が。 いつ買ったものかは記憶にないが、ページをめくってみることに。 ————————————- 友情、恋愛、猜疑心、疑心暗鬼、憎悪、嫌悪、 […]

一枚の写真

ナショジオに上がっていた、「縄跳びをする少女」というこの写真。 パキスタンの戦闘地域での、奇跡的な一枚だ。 写真で心を動かされるということは、ほぼないのだが、これには魅入ってしまった。 配置、構図、パース、色合い、コントラスト・・・ すべてが計算し尽されたかのように完璧だ。 そして何よりも、この写真のちょうど真ん中に置かれた少女の笑顔。 縄跳びの躍動感と、ちょっとはにかんだようなこの笑顔が、 逆に […]

美術館と美術の問題

二子の本屋で時間を潰していたら、目にとまったんで、 「Casa」を買ってみた。 最近は、日本中のあちこちにキレイな美術館が建ち始めている。 流行りなのは、良く言えばコルビジェ風というか、悪くいえば無機質というか、 まぁ、「洗練された」建築が殆どである。 そこで、例によって美術館と美術の関係について考えてみたわけだが、 今週はまだアルコールを一滴も飲んでいないので、そこそこ頭が働く。 この両者の関係 […]

芸術とは何かについての実験的アプローチ

「アキレスと亀」「競技場」などで有名な「ゼノンのパラドックス」の1つに、「飛んでる矢は(実は)止まっている」というのがある。 その知名度とは裏腹に、数学的には厄介な問題を含んでいるのだけれども、「動的なものに(仮に)絶対静止を与える」という見方をしたという意味で、このパラドックスの示唆するところは、実に多い。 芸術はどこから派生したか、というテーマについて端的に述べることはとてもできないけれども、 […]

人のような花か、花のような人か

人と絵の話をすることなんて滅多にないが、偶々そんな話をする機会があって、 その人がシャガールが好きだというから、「僕はシャガールは怖くてみれない」と言った。 前までは僕もシャガールが好きだったのだけれど、その人と話をするほんの数日前に、 シャガールの絵は怖いな、と思ったばかりだった。不思議なタイミングである。 怖い絵といえば、シーレの人物画も負けてはいない。 シャガールがこってりとしたコニャックだ […]