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「雨のことば辞典」(倉嶋 厚/原田 稔)

日本は世界でも有数の「雨降り国」なため、 古来より、日本語には雨関連のことばが非常に多い。 本書は、多様な雨に関することばを集めて、 ひとつひとつ解説を加えたものである。 たとえば、「かう」という語だけでも、 下記のようなものがあるというのは、驚きだ。 「下雨」「佳雨」「嘉雨」「夏雨」「寡雨」「華雨」「過雨」 雨の性質について科学的に説明している箇所もあれば、 古典の用例を挙げて、文学的な効果を語 […]

「文体の科学」(山本 貴光)

最初の章とあとがきを読めば、 著者がこの本で何を目指していたのかは、分かる。 すなわち、 古今東西、文学作品だけではない様々なジャンルの文章を挙げ、 「言葉づかい」という狭義にとらわれない「文体」について、 いろいろと吟味してみる、ということ。 ただ、残念なことに、 例として採り上げた文章が圧倒的に少ないし、 分析も浅すぎる。 何よりも、分析に用いる「ものさし」が一定ではなく、 文章によって見方が […]

「辞書を編む」(飯間 浩明)

学生時代の就職活動のときに、 出版社の面接で「辞書を作りたい」と言っていた。 面接官には、「若者にしては珍しい」と、 感心というよりも嘲笑に近い表情をされたことを、 よく覚えている。 そして結果は、全社不採用。 あれから20年以上経ち、 当時の理想とはほど遠い仕事に就いてしまってはいるが、 相変わらず、辞書は好きだ。 その辞書が、どのように作られるのか、 さらに改訂というのは、どのような基準で行わ […]

「方言」(折口 信夫)

どうゆう基準かは分からないが、いくつかの方言を採り上げて、 それらのルーツや意味を検討する、という内容。 ほとんど聞いたこともない語ばかりだったのだが、 東京の方言として紹介されている「モロに」という語は、 今も使うことが多いので、興味深かった。 江戸語だったのですね。

「差別語からはいる言語学入門」(田中 克彦)

文系・理系を問わず、「まっとうな」学者というものは保守的なので、 予算がつかないような研究なぞ、やろうとしない。 言語学でいえば、差別語などというものは、鬼っ子中の鬼っ子で、 学問的にアプローチされることなど、今後もないであろう。 この本は、言語学界のアウトローともいえる著者だから書けたわけで、 連載の途中で出版社側からお断りが入ったエピソードなどは、 なるほど、と思わせる。 それにしても、差別語 […]

「犬は『びよ』と鳴いていた―日本語は擬音語・擬態語が面白い」(山口 仲美)

ヒトの話言葉は、1,000年前と今とでは随分違っているが、動物の鳴き声はどうだろう。 おそらくは、変わっているまい。 ではなぜ、犬の鳴き声は、現在は「ワンワン」で、1,000年前は「びよ」だったのか。 それは、人間と犬の関わり方が変わったからだ、というのが著者の主張だ。 すなわち、「ワンワン」というのは“飼い犬”の鳴き方であり、「びよ」というのは“野犬”の鳴き方であって、 時代が下るについて「犬= […]

「日本語と時間」-<時の文法>をたどる(藤井 貞和)

昔取った何とか、、で、大学で専攻だった古典文法の本を目にすると、ついつい買ってしまう癖がある。 この分野は科学とは異なり、「新発見」ということはまずないから、結局は与えられたテクストを如何に解釈するか、というマニアックな話になりがちである。 この本も、そう。 興味がない人には、「き」と「けり」、「つ」と「ぬ」の違いなんかどうでもいいことかもしれないし、自分でもそんなこと考えている余裕がないときには […]

「ちんちん千鳥のなく声は」(山口仲美)

古代から現代までの日本文学・詩歌に登場する鳥の鳴き声の紹介を中心に、鳥の名前の由来についても書いてある。 鳥名の方は、国語的に??な箇所もあるので触れないけれど、鳥声の方については興味深く読めた。 古代にテープレコーダーがあったわけではなし、古典に登場する擬音語だけをたよりに鳥声について語るのは、心もとない反面、想像力が自由にできるという利点もある。 ただ個人的に思うことは、現代人の博物学的な視点 […]

「日本語の語源」(阪倉 篤義)

別に語源なんて知らなくても生きてゆく上で不自由はない。 でも”ukiyobanare”的には、こういう本に白羽の矢が立つ。 語源の詮索というものは、かなり自由度が高い。 だから極端な例では、日本語の大部分は韓国語が元になっている、などというトンデモ珍説が次々に出現する。 語源を考えることは、なぜ難しいか。 例えば、 神(カミ)と上(カミ)は、一見同源の語のように見えるけれど […]

「古語雑談」(佐竹 昭広)

我が枕書である「岩波古語辞典」の編纂者の一人、佐竹昭広先生の著。 国語学の何たるかを、ここまで簡便に、しかしながら情熱をもって伝える書物はそう多くはないだろう。 万葉集・記紀から西鶴まで、著者の想像力と探究心とが、古語の姿を明らかにしてゆく。 伝統的な学説にに縛られ過ぎず、かといって逸脱し過ぎず、 心地よいバランス感覚で綴られた良書だろう。