言語

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「日本語と時間」-<時の文法>をたどる(藤井 貞和)

昔取った何とか、、で、大学で専攻だった古典文法の本を目にすると、ついつい買ってしまう癖がある。 この分野は科学とは異なり、「新発見」ということはまずないから、結局は与えられたテクストを如何に解釈するか、というマニアックな話になりがちである。 この本も、そう。 興味がない人には、「き」と「けり」、「つ」と「ぬ」の違いなんかどうでもいいことかもしれないし、自分でもそんなこと考えている余裕がないときには […]

「ちんちん千鳥のなく声は」(山口仲美)

古代から現代までの日本文学・詩歌に登場する鳥の鳴き声の紹介を中心に、鳥の名前の由来についても書いてある。 鳥名の方は、国語的に??な箇所もあるので触れないけれど、鳥声の方については興味深く読めた。 古代にテープレコーダーがあったわけではなし、古典に登場する擬音語だけをたよりに鳥声について語るのは、心もとない反面、想像力が自由にできるという利点もある。 ただ個人的に思うことは、現代人の博物学的な視点 […]

「日本語の語源」(阪倉 篤義)

別に語源なんて知らなくても生きてゆく上で不自由はない。 でも”ukiyobanare”的には、こういう本に白羽の矢が立つ。 語源の詮索というものは、かなり自由度が高い。 だから極端な例では、日本語の大部分は韓国語が元になっている、などというトンデモ珍説が次々に出現する。 語源を考えることは、なぜ難しいか。 例えば、 神(カミ)と上(カミ)は、一見同源の語のように見えるけれど […]

「古語雑談」(佐竹 昭広)

我が枕書である「岩波古語辞典」の編纂者の一人、佐竹昭広先生の著。 国語学の何たるかを、ここまで簡便に、しかしながら情熱をもって伝える書物はそう多くはないだろう。 万葉集・記紀から西鶴まで、著者の想像力と探究心とが、古語の姿を明らかにしてゆく。 伝統的な学説にに縛られ過ぎず、かといって逸脱し過ぎず、 心地よいバランス感覚で綴られた良書だろう。

「ことばと文字の遊園地」(小野 恭靖)

主に江戸時代の「ことば遊び」の紹介。 日本語は漢字と仮名、そして現代ではアルファベットや絵文字・顔文字までも併用するので、 世界の言語の中では「ことば遊び」のバリエーションに富んでいる方だろう。 5世紀まで文字を持っていなかったコンプレックスが、そうさせたのかもしれない。 よく「正しい日本語」とか「間違った日本語」とか目くじらを立てる人がいるけれども、 言葉なんてものは、時代ごとに変わっていくもの […]

「振仮名の歴史」(今野真二)

日本語には、かな(ひらがな・カタカナ)と漢字があるから難しいとよく言われるが、それだけじゃない、振仮名という厄介なものまである。 ならいっそのこと、漢字を廃止すれば振仮名だって必要なくなるじゃないか、と思われるかもしれないが、そうはならないだろう。例えばひらがなだけの文の右側に、「漢字による振仮名」みたいなのが出現するだろうことは、容易に想像できる。 漢字というのは、表意文字であり、一種の絵文字で […]

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