歴史

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「日本古代呪術」(吉野 裕子)

  「呪術」などというと、随分おどろおどろしく聞こえるが、 「陰陽五行思想」と「性」によって、 日本古代史の意味を再解釈しようというのが、この本のテーマである。 ご存知のとおり、日本という国は、よそから来た文物なり風習なりを、 いとも簡単に変質して取り込んでしまうという性質があるため、 古代から残る伝統や芸能、文学、遺跡等を解釈する際には、 その根底にある複雑に絡み合った思想を解きほぐさ […]

「エロティック日本史」(下川 耿史)

  タイトルのとおり、 イザナキ・イザナミから太平洋前後までの、 我が国の性の歴史を解説した本である。 帯を見ると、軽い本のようにも思われるが、 意外にも内容はしっかりしており、 アングラ文化論として、なかなか読みごたえがあった。 普段我々が週刊誌で目にするような「エロワード」の中には、 実は江戸時代、古くは平安時代から使われているものがあったり、 人々が性を享楽するために、 こんなこと […]

「天皇諡号が語る 古代史の真相」(関 裕二)

  例えば、第21代天皇とされている人物は、 「古事記」や「日本書紀」には、 オオハツセノワカタケル という名で登場するが、 我々に馴染み深いのは、「雄略天皇」という呼び方である。 これを、「漢風諡号」という。 「漢風諡号」は、八世紀に淡海三船(おうみのみふね)によって付けられたとされているが、 ひとつひとつのネーミングをじっくり眺めてみると、 なるほど、そこには何らかのルールというか、 […]

「大江戸死体考: 人斬り浅右衛門の時代」(氏家 幹人)

  歴史とは文字で書かれたものであるから、 「何を歴史とするか」については、 誰かしらによる何らかの意図が加えられていないはずがない。 つまり、我々が知っている歴史などは氷山の一角であり、 闇へと葬られたアンダーグラウンドな部分にこそ、 実は貴重なネタが眠っていることもある。 この本で紹介している「山田浅右衛門」がまさにそれで、 通称「人斬り(首斬り)浅右衛門」。 代々、刀や槍の切れ味を […]

「江戸食べもの誌」(興津 要)

  この本、古本屋でタダ同然の値段で買ったのだが、 同じ本が二冊並んでいて、 ハテ、どちらにするかな、と思って双方手に取ってみると、 一方には、表紙を開いたところに何やら書き込みがしてある。 「喜多八さま 興津要」 著者のサインだ。ご丁寧に落款まで押してある。 「喜多八」というのは、人なのか店なのかよく分からないけれども、 わざわざサインまでもらった本を売るとは、けしからん奴がいるものだ […]

「源頼政と木曽義仲」(永井 晋)

  源氏の中で唯一、朝廷や平氏とも友好な関係を保っていたものの、 ほんのきっかけが災いして、対平氏の挙兵をせざるを得なかった頼政、 武将としては天才的なセンスがあるものの、 上洛後の政争に巻き込まれ、結局は同胞の頼朝軍に討たれた義仲、 「源平合戦のヒーロー」とは言えぬ、 どちらかといえば地味な存在である二人の生き方にフォーカスし、 この時代のありさまを語るのが本書の目的。 「平家物語」に […]

「『江戸しぐさ』完全理解」(越川 禮子 林田 明大)

  一時話題になった「江戸しぐさ」と、 江戸時代に広まった陽明学について述べ、 両者を結び付ける、というのがこの本の趣旨。 陽明学のモットーは「知行合一」だから、 別に「江戸しぐさ」でなくても、何にでもあてはまる。 だからこの両者を結び付けるというのは、 かなり強引な気がしないでもないが、 江戸という時代・都市には、これらの価値観が存在していた、 ということを再認識するには十分だろう。 […]

「路上の義経」(篠田 正浩)

  日本の中世はいつから始まるのかについては定説がないが、 ・土地の実質支配権が、貴族・寺社から武士に移ったこと ・それとは逆に、特に文化面においては、 土地に縛られない漂泊民の存在が目立ち始めたこと が、中世の始まりを告げる現象であると、僕は思う。 そして上記2つを個人として体現してしまったのが源義経であり、 それは単なる貴種流離というキーワードでは片づけることのできない、 日本史上の […]

「日本昔話と古代医術」(槇 佐和子)

よく知られているように、昔話というものには、 様々な要素がパーツとして組み込まれている。 例えば「桃太郎」にしてみても、 なぜ林檎ではなく桃なのか、なぜお供は犬・猿・雉なのか、 鬼が島とは何なのか、なぜ桃は山ではなく川で発見されたのか、 これらを解析することによって、 古代人の世界観のようなものが見えてくる。 ひとつひとつの材料に対する、アプローチの方法は多様であるが、 特に古代医術というものに焦 […]

「古代への情熱」(ハインリッヒ・シュリーマン)

  10代の頃から、色々な大人に読め読めと勧められていた気がするが、 遂に読まずにこの歳まできてしまい、 たまたま古本屋で見つけたので、 それこそ遺跡を発掘したような気分で読んでみた。 そもそも僕が勘違いしていたのは、 この本はシュリーマンの自伝だと思っていたのだが、 純粋なる自伝部分は最初の四分の一ほどだけで、 残りは他人による、シュリーマンの他の著作からの引用を中心とした、 発掘活動 […]

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