diary 2018/02

2018年2月20日(火)
酒好きでも、紹興酒、と聞くと拒否反応を示す人が結構いるが、
僕の中では、日本酒・ワインと並んで甲乙つけがたい大好物の醸造酒。
あ、三択だから甲乙丙、か。

2018年2月19日(月)
初めてチーズダッカルビとやらを食べてみたんだけど、
うーーん、これはおっさんの食べるものではないな・・。
3口食べて、ギブアップ。

2018年2月18日(日)
駅のエレベーターの前で、子供が、
「落ちるのが怖いから乗りたくない」と泣き叫んでいた。
確かにその恐怖は間違っておらず、
我々大人は「そうならないと思い込まされている」だけかもしれない。

2018年2月17日(土)
今夜もオリオン座がよく見える。
有名な三ツ星の下に、
M42、いわゆる「オリオン座大星雲」を含む数個の星が縦に並んでいるのだが、
おそらくそれが、男性の性器に見立てられることによって、
「オリオン」=「勇者」とされていることは間違いないだろう。
それに言及している説は見たことないけれども。

2018年2月16日(金)
この1週間の内で、4日は赤ワインを1日1本飲んでる。
しかも5日間はインフル療養中なのだけれど・・。
結論:インフルウィルスは赤ワインがお好き。

2018年2月15日(木)
なんかまた体調が悪くなってきた。
明らかにまだ体内にウィルス残ってる感じだし。。

2018年2月14日(水)
他の364日にはまず思い出すことはないけれども、
今日だけは必ず脳裏に浮かぶのが、「ヴァン・アレン帯」。

2018年2月13日(火)
休み中にトルトゥリエのバッハをyoutubeで聴けたことが収穫だった。
力強さの中に気品があって、音色はどこまでも澄んでいる。
教えてくれた先輩に感謝。

2018年2月12日(月)
今日でインフル5連休は終わり。
思ってたよりも回復が早く、こんなものか、というカンジだったが、
アルコール体内消毒を毎日欠かさなかったおかげかな。
明日からはいつも生活リズムへ戻さなくては。

2018年2月11日(日)
受験シーズンになるといつも思うことがある。
自分は高校中退だったので、どうせ受験するなら国立で、
と思って東大文学部へ行ったわけだけど、
でも20代半ばで仕事で米国へ行ったときに、
スタンフォード大を見学したときのカルチャーショックは凄かった。
これぞまさしく、学問をする環境なんだな、と。
なのでたかが日本の大学ぐらいを落ちた受かったで一喜一憂する必要はない。

2018年2月10日(土)
決して誇れる額ではないが、自分のルーツでもあるので、
台湾東部地震の被害者支援の募金をさせていただいた。
自分もインフル3日めで外に出られないし、
何か社会に役立つことをしないとね。

2018年2月9日(金)
地下鉄の車内広告枠をひとつ潰して、
現在地の地上の景色をドローンで撮影した映像を流したらいいのに。
おぉ、いま東京タワーの麓なのかぁ、とか絶対面白いよ、これ。

2018年2月8日(木)
明け方、ひどい悪寒で目が覚め、急に体温が38.5℃まで上昇。
遂に来たかと思い検査を受けたら、A型インフルだった。
初インフルだけど、高熱は毎年のことなので慣れてはいるが、
解熱剤がなかなか効かないのがもどかしい。
そしてなぜか、病前よりも食欲がある。
5日間自宅謹慎か・・・(ちょっとラッキー

2018年2月7日(水)
複数の人から「発熱しないインフルもある」という忠告をいただき、
ステルスモードのウィルスって最強兵器だな、、と思いつつ、
じわじわと体調が悪くなり始める。

2018年2月6日(火)
起きたら喘息の症状が出てて、ヤバい、と思っていたところ、
夜には悪寒とダルさが加わり、人生初のインフルキターかと思いきや、
体温計は35.5℃。相変わらず爬虫類かよ、という体温の低さに失笑。

2018年2月5日(月)
余程トラウマなのか、大学の卒業単位が足らなくて困る夢をよく見る。
(実際、限度一杯の2年間留年しているわけだが)
そして夜中に目が覚めて、あぁ卒業してた、よかった、となる。
今年44歳になるおっさんの夢。

2018年2月4日(日)
昨日居酒屋で、別の席の客がオーダーを取りに来た店員に、
「入口の店員さんに『コンビニで恵方巻買ってきてくれる?』って言ったら、
OKってことで入ったんだけど、大丈夫なんだよね?」って聞いていて、
最初は冗談かと思ったのだけど、どうやらそうでもないらしく、
連れの人も「お前、本気なのかよ」とか言ってて、
世の中には色々な人がいるもんだと思った。

2018年2月3日(土)
子供銀行券同士でオママゴトしている分には問題ないが、
それを日本銀行券に換えようとするから問題になる。
そもそも根本の原理が異なる。似て非なるもの。
しかも交換業者がモグリだったというのだから、
こんなもんに手を出す人の気が知れない。

2018年2月2日(金)
仕事が忙しすぎて、お稽古をリスケばかりしているが、
来月はもう、義太夫教室のOB会。
「刃傷の段」はもう1年近くやっているが、
去年は喘息を患ったせいで、これを人前で語るのは今回が初めて。
プログラムが届いたら、また実感が湧くのだろう。

2018年2月1日(木)
コンビニの恵方巻なんて誰が食べるんだよ!と思っていたのだが、
去年から「ランチは500円&500kcal以内にする」を心がけている自分としては、
恵方巻の「400円&400kcal」というスペックはズバリ!なのであって、
今週はずっと恵方巻。

映画「メッセンジャー」

映画「メッセンジャー」

「メッセージ」だとか、「パッセンジャー」だとか、
「パッセンジャー」だとか、似たような映画が多くて困るが、

この「メッセンジャー」が上記の作品と比べて決定的に異なる点といえば、
「ザ・B級映画」という点である。

ざっとあらすじを紹介すると、

土星の衛星タイタンと、海王星の衛星トリトン、
そして準惑星エリスのそれぞれから、謎の信号が地球に届く。

そして、それら3つの信号を重ね合わせると、いわゆる「長三和音」となり、
これは知的生命体の仕業に違いない、ということになる。
(この辺りまでは、割とワクワク感あったな、、開始5分だけどw)

そこで宇宙飛行士である主人公が、
冬眠を繰り返しながら3か所を探査するのだが、
それぞれの場所で同じような、謎の光る球体を回収する。

素手で直接触れてみると、
何者かが自分の意識の中に入ってくるような感覚に襲われ、
どうやらその球体は「タダ者ではない」ということが分かってくる。

その球体は一体何なのか、誰がそれを置いたのか、
そしてその目的とは・・・?

すべての謎は、太陽系のさらに奥のオールトの雲から発信されている信号にあるようだ!
ここから38年かかるが、地球に戻らずそこへ行こう!

と、地球側の制止を振り切って勝手に旅立っていくところで終了。

ストーリーの基本は、この手の映画のお決まりである、
狭い宇宙船の中での一人芝居なわけだが、

地球から送られてくるメッセージによる「主人公の心の揺れ」が唯一の(?)見所であって、
長期間の夫の不在に憔悴している奥さんや、
高圧的に命令してくる国防長官とかとか、

まぁ要するに、そういう人間的なしがらみがめんどくさくなったんでしょうな、
すべてを放り出して太陽系の果てまで旅することに決めたいうのは。

結局何の謎も解決されず、
主人公同様、映画の方もすべて投げっぱなしにして終了という、
潔いB級っぷりに拍手。

タイタンはともかくも、エリスとかトリトンとか、
天文好きにしか知られていない星が舞台になってたり、
ユーリー・ミラーの実験の話が出てきたり、

細かいレベルで嫌いじゃない要素がちりばめられているので、
ストーリーは破綻していても、ukiyobanare的には結構アリだった。

適正価格(劇場換算):1,400円

「展覧会の絵 リメイク」(ヤロン・ゴットフリード)

ラヴェルによる大胆なオーケストレーションで有名なこの曲を、
さらに今度は、ジャズトリオ&オーケストラ用に「リメイク」したのがこれ。

編曲者であるヤロン・ドットフリード自身のピアノと、
ケルン放送管弦楽団との演奏。

いやぁ、楽しいよね。
観てるだけで演奏者の楽しさが伝わってくる。

原曲であるムソルグスキーのピアノ曲は、
特に前衛的な要素が豊富なわけではないのだけれども、

ラヴェルが換骨奪胎してくれたお蔭で、
こういうのもアリになったわけなのかと。

オケのパートとトリオのパートのバランスが小気味よく、
クラシックファンでも、スムーズに受け入れやすいなかなかのアレンジだと思う。
もちろん、演奏も最高。

一人で黙々とバッハを弾くような「音楽」も好きだし、
この動画のような「音楽」も好きだし、
音楽が好きで本当に良かったと思える演奏だった。

「中国名言集 一日一言」(井波 律子)

「中国名言集 一日一言」(井波 律子)

十代の頃から古文・漢文が好きで、
大学もその道に進んだ。

好きなのは今も変わらないが、
何に惹かれるのかを考えてみると、

ひとつには音律の美しさ。
現代文にはない、韻文的な魅力がある。

でも何よりも大きいのは、その内容の深さだろう。

どちらが良いとか悪いとかではなく、
あきらかに古代人は現代人よりも、人生について考察していた。

現代ならばググれば一瞬で済むことを、
昔の人は何日も何年も深く考え、
さらに先人の書物に答えを求め、

とにかく「考える熱量」という意味では、
現代人の比ではなかった。

だから当然、彼らの書く文章も、
その深さにおいては現代人の比ではない。

それが、僕が古典を愛する最大の理由だ。

特に中国の古典ともなれば、
戦乱にまみれ、王朝が目まぐるしく変わる中を生き抜いた、
知恵と警告に溢れている。

それを「一日一言」として、366のフレーズを、
前後の文脈も含めて紹介している本書は、
まさに人生の指南書と呼んでも過言ではなかろう。

そこで思うのだが、
こういう本を、毎日の通勤時間帯に1日1ページでも読むことによって、
それだけ人生の幅が広がることは間違いないのだが、

でも電車の中の人たちの大半は、
スマホに向かって血眼になっている。

いや、それが悪いとは言うまい。

だけれども、こういう先人たちの「人生の知恵」を、
知らずして人生を過ごすのは、
同じ人生80年がもったいないと思わないのか?

まぁ、思わない人のことはどうでもいいや。

少なくとも、僕はそう思う。
だから毎日コツコツ読書をする。

同じ人生なら、「知る」に越したことはない。

映画「神のゆらぎ」

 映画「神のゆらぎ」

2014年のカナダ映画。

おそらくはモントリオールが舞台で、
台詞はすべてフランス語となる。

劇中の時制は大きく2つに分かれていて、
その2つの時間のズレと、何組かの人物たちのドラマとが巧妙に組み合わされて、
なかなか見応えのあるヒューマンドラマに仕上がっている。

冒頭でいきなり飛行機事故が発生し、
乗客1人以外、全員死亡するという惨事となる。

その生き残った1人が運ばれた病院に勤める看護師の女性は、エホバの証人。

結婚を控えた彼氏も同様に信者であり、白血病を患っているものの、
信仰上の理由から病院へは行かない。

生死の境を彷徨う、飛行機事故の生き残りの男と、
このままでは余命わずかなフィアンセ、

二つの「命」と信仰との板挟みに苦しむ看護師の女性の話が、1つ。
(これが現在時制である)

そして、その墜落したキューバ行きの飛行機に乗ることになる、
不倫、ギャンブル、アル中などの、
生々しく、ある意味人間臭い問題を抱えた人物たちの複数の物語がひとつ。
(これが過去時制である)

あたかもxy平面上の複数の点がひとつの放物線で結ばれるかのように、
二つの時間軸にプロットされたそれぞれの物語が紡がれてゆく脚本は、
見事という他はない。

原題の「miraculum」は「奇跡」という意味であるが、
この物語では「奇跡」は起きない。

過去時制の物語に待っていたのは凄惨な飛行機事故であり、
(生き残ったひとりも、結局は死亡する)

現在時制の物語に待っていたのは、神の不在である。

言ってしまえば、まったく救いようのない映画ではあるのだけれども、
感慨深くはあるものの、それほど暗い気持ちにならないでいられるのは、

おそらくはラストシーンにおける、
看護師の女性による信仰との決別が、
一種のカタルシス的な効果を生んでいるからであろうか。

ちなみに邦題の「神のゆらぎ」というのも、キライじゃない。

「ゆらぎ」というと本能的に量子力学を想起してしまうのだが、
飛行機事故へと集結するそれぞれのドラマが、
まさに量子力学における波動関数の収束のように思えてきて、

狙ったのかどうかは分からないけれども、
そこも考えさせられるポイントになっている。

しみじみと人生の意義を見つめ直したいときにオススメの一本。

適正価格(劇場換算):1,900円

「この宇宙の片隅に」(ショーン・キャロル)

「この宇宙の片隅に」(ショーン・キャロル)
おなじみ青土社×松浦俊輔訳の物理学の本。

「適宜自然主義」と「コア理論」を両輪に話を進めていくわけだけど、

宇宙の始まりや、進化論、宗教、哲学、最後は倫理学の問題にまで発展し、

まるで現代までの知の蓄積を全て網羅したかのような、
重厚かつ壮大な著作だ。

人智からかけ離れた「物理学の法則」があって、
それを人がどう捉え、どう解釈するのか。

世界の、いや宇宙の原理はまさにそこであって、
この本もそれが言いたかったのではなかろうか。

前半は割と物理の話が多かったので読み進められたけれど、
後半は哲学っぽい話が多くなり、若干難解になる。

副題の「宇宙の始まりから生命の意味を考える50章」というのは、
なるほどこの本の特徴をズバリ表現したものだけれども、
正直、構成というか論の展開がギクシャクしている感が否めない(特に後半)。

それを差し引いたとしても、
ここまでの分野を総合的に語れるとは、なかなかの著作だと思う。

方向感のないご時世だからこそ、
あえて宇宙や生命について考えてみるのも悪くなかろう。

映画「ハイヒールを履いた女」

 映画「ハイヒールを履いた女」

2012年の英・独・仏合作のサスペンス映画。

サスペンス要素はそれほど練り込まれたものではないが、
この映画の魅力はドラマ部分。

シャーロット・ランプリング演じる謎の女性と、
彼女を追うガブリエル・バーン演じる刑事。

初老(?)の二人が織りなす恋愛ドラマが何とも哀切で、
とにかくこの映画は、二人の名優の演技で成り立っているといっても過言ではない。

だから今時のドンデン返し系のサスペンスを期待するとガッカリさせられることは間違いないが、
ハラハラ要素のある大人の恋愛ドラマだと割り切れば、
それなりに観ていられる。

ガブリエル・バーンは何となく悪役のイメージが強いのだけれど、
今回は男から見ても惚れるカッコよさ。

全体的にヨーロッパ映画独特の抑制されたトーンになっていて、
過度にではなくしんみりと見るにはちょうど良いだろう。

原題は「I,Anna」で、
主人公のアンナが、劇中でいくつかの偽名を使うことからしても、
このタイトルにはそれなりの意味はあるのだが、

いかにもありきたりな邦題になってしまったのが、
ちょっと残念だ。

適正価格(劇場換算):1,300円

「科学が解いた!? 世界の謎と不思議の事件ファイル」(北山 哲)

「科学が解いた!? 世界の謎と不思議の事件ファイル」(北山 哲)
たまにこういう、junkyな本が読みたくなる。

新刊なので、目新しいネタがあるかと思ったけれど、
取り上げられているラインナップは、
昔ながらのというか、オカルト界の常連たち。

稀に最近の研究(?)結果が挿し込まれている程度で、
内容的にも、予想通りで特筆すべきはなし。

ただなんだろう、
ふと子供の頃のお菓子とかを食べたくなるのと一緒で、
ついつい覗いてみたくなってしまうジャンルでもある。

「蔵書一代」(紀田 順一郎)

「蔵書一代」(紀田 順一郎)
副題は、「なぜ蔵書は増え、そして散逸するのか」。

本好きであれば考えざるを得ない、

蔵書をいかに処分するのか、
蔵書にはどのような意味があるのか、

について語った本である。

割と軽めな文庫小説などを読まれているのであれば、
ある程度たまった本を古書店で売ることは、
それほど悩むことではないのかもしれない。

けれど、今後の趣味人生において参考となるだろう本や、
そうでなくても、一冊何千円もしたものになると、
やはり手元に置いておきたくなる。

そしてそれは「我が物顔で」たまってくる。

しかしたまり続けることには、
スペースや重さの問題など、物理的な限界が必ずある。

そのとき、どうするのか。

古本屋に数十円、数百円で渡すぐらいなら、
図書館や学校に寄贈したい、とも思ったりもするが、

この本によれば昨今は大量の蔵書を引き取ってくれる施設などは皆無で、
結局は廉価で「処分」しなくてならなくなる辛い現実が待っているらしい。

では電子図書にすればよいのかといえば、
本好きにとっては、本と電子書籍というのは似て非なるものである。

やはり紙の本の「物理的な存在感」というのが何物にも代えがたいのであって、
例えば、昔の音楽ファンが頑なにLPにこだわり、
決してCDや音楽配信を受け入れない、というのと、
少し通じるものがあるのかもしれない。

ただ、雑誌や文庫、新書などは、
そろそろ電子書籍に切り替えてもいいのかな、
と僕的にはちょっと考えてはいる。

本好きというのは、
本の「物理的な存在」を愛でる反面、「物理的な限界」には鈍感だという、
苦しいジレンマについて色々と考えさせられた。

diary 2018/01

2018年1月31日(水)
ここ最近、毎日帰宅が23時を回っていて、
何もかも調子が狂っている感。

2018年1月30日(火)
プリペイドカード(au WALLET)の残高を見たら、
ちょうど「1円」だったので、もしかして不正使用されたか!と思い、
慌てて使用履歴を見たのだけれど、どれも身に覚えのある使用で。
ギリギリ1円残しで使うって、すごい偶然のように思うけれど、
よく考えてみれば、どんな金額でも偶然という意味では同じ。

2018年1月29日(月)
時間と資金は有限であり、読みたい本は無限であるという現実。
他の欲は年齢とともに抑えられるも、知識欲だけは制御能わず。

2018年1月28日(日)
いま初めてジャズをピアノで弾いているわけだが、
左手のコードの枠組みの中で右手を自由に動かせるというのは、
クラシックを弾くときとは、明らかに脳の使い方が違う。
バッハもいいけど、これはこれで楽しいことに気付いた。

2018年1月27日(土)
RNAは口承による伝達で、DNAは書物による伝達、
というのは上手い喩えだと思う。メモメモ。

2018年1月26日(金)
夜食はかっぱえびせん(梅)とビア。

2018年1月25日(木)
3月に眼科の検査予約をしているのだが、
別の症状が気になり始めたので、前倒しにさせてもらおうか検討中。
体の中で一番加齢を感じるのが「眼」だな。

2018年1月24日(水)
西洋音楽のことが分かっている人でも、
「えー、三味線は歌い手の声の調子に合わせるので、
絶対的な音律などというものはなく、
しかも、曲によって三本の糸の相対関係も変わるのです」
とか説明しても???となることがほとんどである。

2018年1月23日(火)
時間の経過とともにエントロピーが増すのではなく、
エントロピーの増加がすなわち時間の経過を表す。

2018年1月22日(月)
普段は汚らしい東京の街が、一時的にでも漂白されるから、
だから雪は何となく嫌いになれない。
そして白は「何もない」のではなく、
れっきとした「色」であることを実感できる。

2018年1月21日(日)
古語にある終助詞の「もが(な)」は、
名詞について願望を表すという興味深い語だ。
例えば「会いたい」というときは、「会ふ」をわざわざ名詞化して、
「会ふこともがな」となる。現代語風にいえば「会うことプリーズ」。

2018年1月20日(土)
波動関数には、「観測される側」だけでなく「観測する側」も含まれる、
と考えれば、なるほど、量子力学の観測者問題は解決できる。

2018年1月19日(金)
酒の切れ目が縁の切れ目。

2018年1月18日(木)
例えば、電気とかガスをプリペイド式にすれば、
消費量がだいぶ抑えられるのではないかしら。

2018年1月17日(水)
この時期、朝のシャワーが辛すぎるので、
どうか誰かが、服を着たままシャワーを浴びる方法を考えてほしい。

2018年1月16日(火)
争闘と争論と悲しみと憂いと物惜しみと慢心と傲慢と悪口。

2018年1月15日(月)
今日は久々(?)に仕事濃度が高かったため、
何事も書く気がしない。
早く寝たいけど、晩飯食べ終わったのが23時半だから、
それなりに起きてないと。

2018年1月14日(日)
もう25年も昔の話だけど、
センター試験は800点満点中、719点だったのを覚えている。
プチ自慢(になるのか不明だが)。

2018年1月13日(土)
一時期やっていたように、
電車移動中は文庫or新書本、家ではハードカバー本、という形を今年も採用。
タスクが増えても、読書量は確保したい。

2018年1月12日(金)
今朝の10時頃病院の待合室、お婆さん2人の会話、
「9時頃、先生がテレビに出てらして、今すぐに診察してらっしゃるなんて、
よく働きますわよね、偉いですね」
「本当、お忙しいですよねぇ」
いや、違うだろそれは。

2018年1月11日(木)
ガチでリアルに最近聞き間違えた言葉。
「するめいか」と「シューメーカー」、「学習院」と「ガーシュイン」。

2018年1月10日(水)
もしかしたら地球は既に何億年も前に滅んでいて、
その時に宇宙人が持ち出して、現在はどこかの惑星の水槽で培養している、
地球人の脳が見ている夢が、今の自分なのかもしれないという仮説を、
否定することも肯定することもできない事実。

2018年1月9日(火)
チェロにせよ三味線にせよ、
何かしらのパラメータ(大抵は腕の使い方)が異なると、
いつもと違った音がするわけだが、
逆に毎日弾いていないと、その違いにすら気づかない。

2018年1月8日(月)
古代インドのアージーヴィカ教の宿命論から、
ラプラスに至るまでの思想の系譜が気になる。

2018年1月7日(日)
弓の使い方の配分が難しい。

2018年1月6日(土)
僕の人生における、せめての「こだわり」といえば、
津軽三味線の二の糸を絹糸にしているぐらいかな。
あとはどうでもいいんだ。なるように、なれ。

2018年1月5日(金)
何で改憲ありき、みたいな論調になってんだ??
しかも「歴史的使命」とか意味不明なこと言ってるし。
時間を掛けて国民を騙していくという、詐欺師の常套手段だな。

2018年1月4日(木)
昨夜、なぜか薩長同盟をまとめる長州側の役人になるという、
意味不明な夢をみた。
登場人物みんなめんどくさいし、公武合体だの尊皇攘夷だのいわれ、
挙句には「次の日までに企画書まとめといて」(ここだけなぜか現代風)とか、
謎のストレスで朝4時に目覚めて、そのまま眠れなかった。

2018年1月3日(水)
今年の初詣は、雑司ヶ谷の鬼子母神へ。

鬼子母神

本堂にはお坊さんがいたり、妙見菩薩が祀られていたり、
神仏習合というより、そもそもここは寺なのか神社なのか。
まぁそんなことは気にしないからいいのだけれど。
昨年末から、妙に日蓮宗との因縁があるらしい。

2018年1月2日(火)
血縁というだけで、何の価値観も共有しない人間同士が集まって、
飲み食いすることに全く意味が見いだせない。
鬱陶しいだけで、時間とエネルギーの無駄。

2018年1月1日(月)
向かいの小学校にカラスがたくさん集まっている。
きっと新年会なのだろう。
しばらく観察していたのだが、イヌやネコだけでなく、
鳥も社会性のある動物なのだと実感した。

呼友 純米大吟醸(朝日酒造)

 呼友(朝日酒造)

久保田や洗心で有名な新潟の朝日酒造のお酒だが、
地元以外ではほとんど流通していないらしく、
このたび運良く巡り会うことができた。

純米または吟醸を常温で飲むのが好みの自分としては、
「冷や」に適した純米大吟醸というのは守備範囲外なのではあるが、

どう考えても旨くないはずがないこの酒を、
そんな理由で飲まないはずがない。

雑味のない、透き通ったシャープな味。

ただ、できることなら、夏に出会いたかった。

「呼友」とはいうが、
こんな良い酒を飲むのに、友を呼んでは逆にもったいない。

先日、久々に会った知り合いに痩せたと言われた。

厳密に言えば、先にこちらから、今ダイエットをしていると伝えたのだが、
先方では、もしかしたら病気なのかと思って言い出すのためらっていたらしい。

ランチは500円・500Kcalを目安とし、
夜はまずビールとサラダで腹を満たし、
その後に豆腐や温菜で日本酒をちびちびやる。

動物性タンパクや炭水化物は、夜は摂らない。
(週末は除く)

そうすると、食事における酒の重要度がかなり高くなるわけで、
こういう旨い酒を、友など呼ばず、ひとりでニヤニヤしながら啜るのが、
一日の締めくくりとしては最高なのである。

画像は我が家の汚いデスクにて。

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「幻の女」(ウイリアム・アイリッシュ)

「幻の女」(ウイリアム・アイリッシュ)
年末にたまたま本屋で目に留まって買ったのだけれど、
ミステリー小説なんて読むのは、
記憶にないぐらい久しぶりかもしれない。

このジャンルにおける不朽の古典名作らしいので、
今更読みました、なんてのは気が引けるのも事実だが、
読んで後悔はしなかった。

主人公の死刑執行日から遡って、
タイムリミットの中で犯人捜しが行われる、
そして真犯人は実に意外な人だった、

と書くといかにも陳腐なようではあるが、
1940年前後の作品と考えれば上出来だと思う。

特に冒頭の、
夜の街が、デートに向かう恋人たちのウキウキ感で華やいでいる様子を、

「街の半分と半分とが落ち合っていた」

と表現するあたりなんかは、
文学作品としてもなかなか読み応えがある。

ストーリーも映画を観ているかのようにテンポよく展開するし、
登場人物や細かい設定も実にシンプルで理解しやすい。

このジャンルの本は読まないので比較はできないが、
評価が高いのも納得はできる。

ただ、欲をいえば「幻の女」の扱いがちょっと雑かなぁ。

最初に登場するだけで、文字通り雲隠れしてしまうわけだが、
その真相というのが、あまりひねりがない。
そうなった原因も謎だし。

時間をかけてこの読後感を味わうのであれば、
同ジャンルの映画を一本観る方が、
僕個人の好みには合っているのかもしれない。

映画「ノー・エスケープ 自由への国境」

 映画「ノー・エスケープ 自由への国境」

メキシコ・フランス合作のスリラー作品。

ストーリーは単純明快。

メキシコからUSAに密入国する一行を載せたトラックが故障し、
やむを得ず徒歩で砂漠を乗り切ることになる。

そこに待ち構えていたのは、

「俺の国(USA)は、誰にも邪魔させないぜ」

と、息を巻くmadなオヤジ。

遠距離ライフルで密入国者たちを一人ずつ撃ち殺し、
逃げた奴等も、愛犬のシェパード(これが恐ろしく手強い)を駆使して追いつめる。

砂漠での命を懸けた鬼ごっこ、、、
おや、これはどこかで観たことあるぞと思ったら、

マイケル・ダグラス主演の「追撃者」と、
まんまそっくりの同工異曲とはまさにこのこと。

あちらが冷静沈着な殺人鬼ならば、
こちらはバーボン臭い脂こってりの国粋主義者的熱血野郎。

ただ、今回は殺人オヤジというよりも、
速く賢く追いつめてくるイヌが恐ろしく、
主演はこのシェパード君であるといっても過言ではない。

観た後に心に残るものは何もないが、
まぁヒマつぶし程度なら。

適正価格(劇場換算):1,200円

「聖書、コーラン、仏典」(中村 圭志)

「聖書、コーラン、仏典」(中村 圭志)

仏教がキリスト教やイスラム教ほど広まらなかった理由のひとつとして、

聖書やコーランが持ち運び可能な「携帯サイズ」であったのに対し、

仏典は辞書何冊分にも相当するような、
膨大な量であったことが、挙げられる。

一般の人々が直接読めたかどうかはともかく、
その宗教のエッセンスは、
教典に凝縮されていることは間違いない。

我々は(我々でさえも)、
なぜか聖書に関する内容はそこそこ知っているものの、
仏典やコーランに関してはほとんど知らないに等しい。

かといって、それらを実際に繙くのは現実的ではない。

が、この本を読めばその問題は解決できる。

コーランと法華経の共通点とか、
パーリ仏典と大乗仏典の違いとか、

各教典同士の横の比較も随所でなされているので、
教典とはなにか、を俯瞰的に考察できる点でも意義があろう。

宗教を知ることは、文化を知ることでもある。

そして宗教を知るには、教典を知る必要がある。

映画「クローズド・バル」

 映画「クローズド・バル」

スペインのサスペンス映画。

バルから店外に出た二人が射殺されるという事件が起き、
店内にいた8人は外に出られなくなる。

街からも人が消えるが、TVのニュースでも報道はされず、
店内の8人の不安と疑念が高まってくる。

とある出来事をきっかけに、
8人が二派に分裂し、そこからストーリーが急展開になる。

妙に凝った設定や伏線は作らずに、シンプルな内容であるため、
非常にテンポよく、飽きずに観られる。

一言でいえば、
密室のドキドキ感と、かくれんぼ的なスリルが味わえる感じかな。

敢えて種明かしはしないけれども、
事件の真相は、割とリアルで荒唐無稽な話では決してない。

登場人物の駆け引きや心理描写などもちゃんと描けているし、
美人女優、スアレス・ブランカの軽いお色気シーン(?)もあったりで、

あまり期待していなかったせいもあるけれど、
意外と掘り出し物の一作だった。

適正価格(劇場換算):1,500円

映画「オリエント急行殺人事件」

 映画「オリエント急行殺人事件」

まぁ、可もなく不可もなくといったところか。

これだけ原作が世界的に読まれており、
かつ「種明かし」も超有名となると、
映画としては、如何にしてディテールを楽しめるか、になるわけで。

そういう意味では、これは絶対に原作を読んでから観た方がよい映画。

(ちなみに僕は子供の頃に読んだきりで、
もちろん「犯人」が誰かについては強烈に記憶していたけれど、
詳細の大部分は忘れてしまっていたので、
「ディテール」を十分に楽しむことはできなかった。)

あとは、とにかくキャストが豪華なので、
それぞれの俳優が「シラを切る」演技を楽しむというのもアリかな。

個人的には、何と言ってもウィレム・デフォー。

このブログでもたびたび取り上げているけれど、
同じ悪役ベース(?)の顔立ちとはいえ、
ジョニー・デップのような不自然さはないし、
最近はアクが抜けてきて、歳相応のイイ俳優になってきた。

不満を挙げるならば、
どうせならもっと列車内部のディテール(食事とか客室とか)を、
徹底的に凝ったものにしてほしかったかな。

適正価格:1,600円

「読む数学記号」(瀬山 士郎)

「読む数学記号」(瀬山 士郎)
まずは自身の数学事情から。

去年は40過ぎにして、
数学を勉強し直そうと思い立ち、数検は2級は合格、

準1級は1次のみ合格という状態で、
2018年こそは1級合格を、、と思っているのだが、

いろいろなタスクが多すぎて、
なかなか勉強の時間が作れない。

ならばせめて読書で栄養補給を、
ということで、この本を読んでみた。

小学校の算数から、偏微分や重積分まで、
余計な寄り道はせず、とにかく「記号」に焦点を当てて、
潔く突き進む。

結構説明を省略している箇所も多いので、
慣れていない人には理解が難しい部分もあるかもしれない。

が逆に、僕みたいに趣味程度でも数学を齧った人ならば、
数学の楽しさがもっと広がるに違いない。

個人的に掘り下げてみようと思ったのが、「リーマンゼータ関数」。

ひと目見ただけで、その美しさに惚れ込んでしまい、
オイラー積も含めて、また数学に戻りたい気持ちが湧いてきたのだが、
あー、とにかく時間がない。

「読む数学記号」ならぬ、「食べる数学公式」とかあれば、
あっという間に学習が進むのに。

「あなたの人生の物語」(テッド・チャン)

「あなたの人生の物語」(テッド・チャン)
映画を観て、その原作を読みたいと思うことはほとんどないが、「メッセージ」だけは違った。

その原作である「あなたの人生の物語」を含めた、
同一作者による8つの中短編が収められているのが本書。

どの作品も深い科学的な知識に支えられた、
真の意味での「SF」といえるものだが、

やはりタイトル作品は映画を観たこともあり、
出色の出来映えだと思われる。

小説を映画化するについては、原作ファンからの賛否両論の声が多くあがり、
その大部分が「否」であって、
この作品もその例外ではないようだが、

映画を先に観て、(自分的には)客観的に判断してみると、
この作品については、映画によって原作の真意が、
さらに上手く表現されたとは言えないだろうか。

ただひとつ大きな不満を挙げるとすれば、
原作では「変分原理」の説明を丁寧にしていて、
その「変分原理」こそが、宇宙人たちの考え方のベースになっていることに気付くわけだが、

映画ではそのくだりがカットされて、
代わりにもっとポピュラーの物理現象に翻案されており、

そこが勿体ないというか、大胆というか、仕方ないと捉えるか、
評価をするにあたっての大きなポイントとなるだろう。

その他にも、当然映画の尺に合わせるために、
蛇足的な部分はいくつもあったが、
けれど概ね、原作の雰囲気を壊すものではないと思った。

他の収録作では、「理解」「顔の美醜について」あたりが、
個人的にはお気に入り。

映画「イレブン・ミニッツ」

 映画「イレブン・ミニッツ」

ポーランド・アイルランドの合作で、
ワルシャワを舞台としたサスペンスということで、楽しみにして観てみた。

結果は、はずれ。

駄作とはいえないものの、良作ともいえない。

全く接点のない、何組かのストーリーがコラージュのように組み合わされ、
それがラストシーンで偶然にもひとつにつながるという内容なのだけれど、

ネタバレをしてしまえば、
人物たちはそれぞれ別の用事で市街地にあるホテルの近くに集まってきていて、
そこで発生した事故にみんな巻き込まれてしまう、というオチ。

ひとつひとつのストーリーはまぁ平凡だし、
最後のオチも強引すぎるなぁ。

そりゃあれだけの規模の事故になれば、
巻き込まれる人も大勢いるわけで、
結局は被害者たちの「事故の直前の11分間」を描いたというだけでしょ。

目新しいことは何もなく、
ところどころ思わせぶりなシーンが出てくるのが、
何かの伏線かと思いきや、そうでもなく。

適正価格(劇場換算):1,100円

映画「われらが背きし者」

 映画「われらが背きし者」

ユアン・マクレガー主演の大人のサスペンス・アクション映画。

原作(読んでない)はスパイ小説らしいが、
「007シリーズ」や「MIシリーズ」のようなエンタメ度が高いわけではない。

主人公の大学教授が、夫婦でモロッコでのバカンス中に、
ロシアン・マフィアの幹部(無理やり)とたまたま懇意となる。

妻の反対を押し切って、MI6宛てのデータ受け渡しを頼まれるのだが、
ほんのちょっとの親切のはずが、

マフィア同士の抗争、それを追うMI6の捜査に巻き込まれるハメとなり、
最後はアルプスの山中まで逃亡し、
一発逆転を狙うことになるのだが・・・。

とにかくストーリーがしっかりとしていて、
人間関係が丁寧に描かれる。

現実離れしたスパイ道具やアクションも出てこないし、
僕みたいなおっさんが夜中にじっくりと鑑賞するにはちょうど良かったかな。

ユアン・マクレガーはお馴染みだけど、
マフィア役のステラン・スカルスガルド(言いにくい)はさすがの貫録だし、
最近の「007シリーズ」でも存在感を出していた、美人黒人女優のナオミ・ハリスの演技も見所のひとつ。

適正価格(劇場換算):1,500円