新宿三丁目に、よく行く焼鳥屋がある。
焼鳥の味は、まぁそこそこだけれども、
ポテトサラダが、とても旨い。
それはさておき、
ある日、いつも通りに、瓶ビールと焼鳥セット、
そしてポテトサラダを楽しんでいると、
視界の端に、何やら動くものがある。
見ると、アリの3分の1ぐらいの大きさの、
小さな小さな虫が、机の上を歩いている。
その店の名誉のために、あまり大きな声では言いたくはないが、
それはGの幼虫だったと思う。
まぁでも、僕はGだろうが何だろうが、
そんなことは気にしない。
たまにはヒト以外の生物と面会するのも、
悪くはないものだ。
ただごめんよ、こちらも食事中なので、割り箸の袋でもって、
彼(彼女)をカウンターの端まで移動させてもらった。
思いっきり手加減したつもりである。
箸の袋の角を使って、
そっと20cmばかり、移動させただけだ。
でもその瞬間から、彼(彼女)は動かなくなった。
10分後ぐらいに、再度目をやってみても、
やはりその場でじっとしている。
手加減したつもりではあったが、
非力な彼(彼女)にとっては致命傷となる、
何かをしてしまったのだろうか・・・。
さらに10分後、チラ見をするも、
やはり状況は変わらない。
こっちもだんだん気になって、
読んでる本の内容が頭に入ってこなくなる。
まさか焼鳥屋のカウンターで、
こんな葛藤が生じるとは・・・。
ただそこは、薄情なヒトのことである。
二本目のビールを飲んでいるうちに、
すっかり彼(彼女)のことなぞ、忘れてしまった。
40分ぐらい経ったであろうか。
そういえば、と思って、彼(彼女)がくたばっていた場所を見ると、
なんとそこには、いない。
そんなバカな。
二本目のビールに突入するまでは、
あれほど心配したではないか。
彼(彼女)を動けなくさせてしまったことに対し、
若干の後悔をしていたことも事実である。
それが、いなくなるとは・・・。
驚いたのとほぼ同時に、
僕は生命力の凄まじさというものを、感じた。
そう、あれはpretend(フリ)だったわけだ。
そういえば成虫のGもよくやる、
お馴染みの手ではある。
でも、彼(彼女)は、少なくとも30分近くは、
じっと「死んだフリ」をしていたことになる。
そして目の前のヒト科ホモ属サピエンス種が、
読書とビールにハマって、
すっかり注意力を削がれた頃を巧みに見計らって、
その場から必死の逃亡をしたに違いない。
少なくともこの瞬間において、彼(彼女)は、僕よりも、
生きることに対して真剣だったのだ。
僕は残りのビールを一気に飲み干し、
会計を済ませて店を出た。
外は相変わらず、蒸し暑い。