気付いたら綺堂を読んでる。
もはや僕の人生にはなくてはならない作家である。
綺堂は1872年、東京高輪の生まれ。
同時期の文豪たちが、新しい、西洋的な文学を目指したのに対し、
綺堂は、江戸の世界を追った。
そこに大きな魅了がある。
綺堂が単なる小説家・劇作家ではなく、
随筆を得意としたことが、彼の魅力を引き立たせている。
特に、関東大震災で被災し、
麹町から大久保、目白、麻布十番、目黒、、と住居を転々としながら、
その町の様子やそこでの生活を、克明に記すさまは、
他の文豪たちには見られない特徴であり、
江戸から東京、震災を経て昭和へ、という激動の時代の変遷の、貴重な資料にもなっているはずだ。
その中でも印象深いのは、綺堂が少年のころ、
麹町の実家から本郷にある春木座まで、芝居を観るために、
まだ暗いうちから徒歩で向かう話。
今の水道橋あたりは、当時一面の野原だったらしく、
幾らも金を持たない少年が追剥に狙われる心配はないが、野犬には困惑したのだという。
常に木の枝を懐に忍ばせ、襲ってくる野犬を追い払いながら明け方の道を急いだ、
という情景が、目に浮かぶほど鮮やかな文章であるし、
今の東京からは、とてもそんな様子は想像もつかないのだが、
けれどもどこか懐かしいような気にさせてくれる。
僕が東京生まれ東京育ちであると自覚している間は、
また何度も綺堂を読むことになるだろう。