芸術家の作品について、もっと理解を深めるためには、
ヘンにフィルターのかかった評論や自叙伝よりも、
当人の書いた文章、できればフィクションではないもの、
を読むのが一番だと思っている。
藤田嗣治の絵に混在する、あの独特な鋭さと柔らかさ、
その源はどこにあるのかを考えるとき、
本人の手によるこの随筆集は、とても参考になる。
都市論、芸術論、女性論、文明論、戦時中の思い出、
おそらく気楽に書かれたものが多いのであろうが、
そうであるからこそ、逆に、この作家の本心の部分がよく表れている気がする。
特に、この本に収められているのは、1930年代の終わり頃に書かれたものが中心なので、
世界を覆っていた緊張感の中で、藤田の感受性も最大限のアンテナを張っていただろうから、
これらの随筆の密度も相応なものだ。
ポンヌフの橋と両国橋を重ね合わせて想像するなんてことは、
人生の半分を海外(主にフランス)で過ごした藤田でなければ、
思いも寄らないことだろう。
中国での従軍記風のエッセイについては、あまりにもナショナリズムが強い印象なので好きではないが、
20世紀前半のパリの文化風俗や、世界各地の女性について語るあたりなどは、
場面が目に浮かぶようで、さすがは画家の文章だと言いたくなる。
日本よりも海外での方が高く評価された貴重な芸術家が、
まだ心が日本から離れる前に著した、味わい深い作品である。