10代の頃から、何度となく読んでいるこの作品を、
また読もうと思った理由は、
この小説とも随筆ともいえる作品の中での設定として、
主人公が三味線を、しかも宮薗節を弾く、というところに
魅かれたからだ。
宮薗節は、浄瑠璃ファミリーの中でも、レアな部類に属するもので、
そもそも数曲しか現存していない。
しかしその内容の濃密さというか、艶めかしさという点では、
新内節とともに、浄瑠璃内で一、二を争うものであろう。
江戸情緒を愛していた荷風先生の作品の中には、
三味線がよく登場するのであるが、
この「雨蕭蕭」の場合のように、宮薗節という具体的なジャンルを挙げて、
しかもそれを、ストーリーにおいて重要な役割を負わせるということは、
先生も余程宮薗節を愛好していらっしゃったのだろう。
「葡萄酒と缶詰を買って一人楽しむ」という境遇とともに、
共感できて嬉しい部分でもある。
宮薗節を知って読むのと、知らないで読むのとでは、
この作品の楽しみ方は、まったく違うはずだ。
主人公が「鳥辺山」を立ち聴きする場面などは、思わず一節を口ずさみたくなる。
宮薗節を、演奏会などで聴く機会は滅多にないが、
幸い、youtubeには、桃山晴衣さんの名演がいくつかアップされている。
伝統的な浄瑠璃では「邪道」であるかもしれない、弾き語りという形で、
ここまで完成度が高い演奏ができるとは。。
声も音色も、艶っぽく、荷風先生が聴いたら、どれだけ感激するだろう。
「雨蕭蕭」を読みながら、敢えて熱燗ではなく、葡萄酒と缶詰をお供に、聴きたいものだ。