日本人に関連のありそうなテーマについて語った
エッセイ集である。
僕がまだ生まれる前、
四十年以上も前に出た本だから、さすがに内容は古くなっていることを覚悟していたが、ところがどっこい(死語)、
内容は現代でも通じそうなものばかりである。
ひとつの理由としては、
この本が「日本人のこころ」として書いた内容がズバリ的を射ていて、
四十年以上経ったいまでも、古く感じさせないということがあろう。
そしてもうひとつの理由としては、
そもそも、我々日本人の本質がそれほど変わっていない、
ということになるのだろう。
後者についていえば、もしそれが正しいのであるならば、
我々日本人は、変わりにくいのか、それとも変わりたくないのか。
日本人は基本的には保守的なのだと思う。
新しいものに憧れる一方、心の奥底では変わりたくないと思っている。
四十年前といえば、ケータイなどもなく、パソコンはあるかないか、
生活する上で、現代とは大きな違いがあっただろう。
それでもその頃の本が古く感じられないというのは、
日本人の変わらなさというのは、かなり強固なものなのだと思われる。
とここまで書いてきて、
変わらないのは日本人というよりも、実はこれを読んでいる自分ではないのかという気がしてきて、
例によって業平の、
月やあらぬ、春や昔の春ならぬ・・・
という歌が、頭をループし始めるのである。
それもまた、「日本人のこころ」である。
何が原因で何が結果か、
何が変わって何が変わらないのか、
もはやさっぱり分からなくなってきた。
少なくとも、「クールジャパン」などという謎の一言で片づけられるような代物でないことは確実である。
ウロボロス的文化史観。