「神話の系譜」(大林 太良)

日本神話の源流をさぐるべく、
日本神話と世界諸地域の神話との共通部分を検証するのが、本書の主旨。

我が国の神話と、その他地域の神話との比較というテーマは、
非常に魅力的ではあるのだが、
いくつかの大きな問題を抱えていると思う。

まず、何をもってそれらの神話を、
「似ている」あるいは「共通部分がある」とみなすのか。

例えば、鳥が死者の魂を運ぶというモチーフは、
古代人にとって普遍的なものであり、
このモチーフを含んでいる複数の神話の起源が同一であると推測するのは、
危険だと思っている。

逆に、例えば、兄弟のうちの一人が、もう一方から借りた釣り針を失くす、
といった海幸山幸のような話であれば、かなり特殊性が高いのではないだろうか。

個人的な意見としては、
モチーフレベルでの比較検証は、この後に述べる理由も含め、
それほど重視すべきではなく、
神話の基盤をなす構造レベルでの比較に、重点をおくべきだと思う。
(本書は、構造レベルでの検証については、弱い。)

次の問題は、伝承形式にある。

特に日本神話を考えるにあたっては、「古事記」「日本書紀」を無視することはできない。

しかしながら、記紀というのは、皇統を権威づけるために、
まさに天皇の命でまとめられたものであり、
それが、神話の「生」の姿を伝えているとは到底考えられない。

むしろかなりの変質が及んでいると考えるべきであり、
そうすると、文献に残っていないような民間伝承を集めるしかないのであるが、
それが一筋縄でいかないことは、想像に難くない。

これに関連することとして、本書には、
記紀に仏教要素が混入していることなどは絶対あり得ないというような記述があるが、
果たしてそうだろうか。

記紀の編纂は、仏教伝来よりもだいぶ後であり、
恣意的に仏教要素が混入されたことはあり得るし、
時代背景的にも、そう考える方が自然だとはいえないだろうか。

第三の問題としては、伝承の信憑性がある。

例えば東南アジア地域で、日本の神話と類似した伝承が存在した場合、
実はそれは、太平洋戦争時に日本兵が伝えた日本神話そのものが、
その地域の民間伝承に取り込まれたという可能性もありうる。

(これに似た例として、アフリカのとある未開民族が、
シリウスが連星だという、肉眼では確認できない事実をなぜか知っていたことがあったため、
太古に地球外生命体がやってきて、知識をもたらしたのではないか、という説もあったが、

後になって、実はそれは、
その地にやって来た西洋人が入れ知恵していただけだった、というエピソードがある。)

そして最後に、別に開き直るわけではないが、
そもそも世界各地の神話に共通項があっても、
それは当然だという考え方もある。

シルクロードなどができる遥か遥か昔、
我々が想像している以上に、海路・陸路による古代人の交流が盛んだった可能性がある。

元来は同一だった神話が各地に散らばり、
それぞれの地でローカライズされた後、
再度それが各地に分散、集合した結果、
現在各地に伝わっているような神話・伝承になったという考え方は、
蓋然性とロマンを兼ね備えている。

これは進化論でいえば、
生物は進化の過程で多様に枝分かれしているが、
元を辿れば、共通のDNAをもった原初の生物に行き当たる、といった具合である。

ただし、生物進化の分野では、DNAという伝家の宝刀が役立つが、
神話の世界ではそうはいかないのが厄介なところだ。

もともとは同一の神話だったのか、それとも単なる他人の空似なのか、
どちらなのかを断定できる方法は存在しないからである。