万葉時代から和歌にて用いられる「ぬばたまの」ということばは、
「夜」「黒」「夢」「月」など、
黒いものや夜に関係する語に接頭する枕詞である。

「ぬばたまの黒髪」という形でも多用されるし、
夜の歌に詠み込まれることが多いため、
枕詞の中でも、とりわけロマンチックな語といえる。

ここまでは別に大した話ではないのだが、
先日、中島敦の作品に何となく目を通していたとき、

「憐れみ讚ふるの歌」という一連の和歌の中に、
次のような一首を見つけて驚いたのである。

ぬばたまの 宇宙の闇に 一ところ 明るきものあり 人類の文化

和歌の巧拙はこの際どうでもよく、
着目すべきは、「ぬばたまの宇宙」という用法である。

確かに、宇宙は暗い。
よって、「ぬばたまの」という枕詞を冠する資格は十分にある。

けれども、「ぬばたまの宇宙」という句を思い付くというのは、
並大抵の言語センスではない。

「宇宙」という語をSpaceの意味として用いたのは、
そんな古い話ではないだろうから、
「ぬばたまの宇宙」という句は、中島敦のオリジナルの可能性もある。

この一首が何年に作られたのかは定かではないが、
作者の没年が1942年であるから、
おそらく1930年代あたりであろうか。

そうなると、ますます中島敦による発明の可能性が高いわけで、
今更ながら、彼の詩的センスに感服したわけである。

「ぬばたまの宇宙」。
万葉の世界が宇宙に拡散していくような、
時間的・空間的な壮大さを備えた表現だと思う。