「クラシック音楽 名曲名演論」(田村 和紀夫)

 

よくある音楽好きによる、思い込みの激しい偏向的な読み物とは一味違って、
この本のベースには譜面があり、スコアがある。

それが良いのか悪いのかはさておき、
あたかも文学作品であるかのように譜面を読み、そこにある音や作曲家の指示を理解した上で、

「そうであるがゆえに、ここはこう演奏するのが正しいと思うのであり、
それを実現している演奏は●●である」、
という流れで、各曲を解説している。

クラシック音楽というのは再現芸術であるために、
それを再現する人(=演奏者)の信者になってしまうことが往々にしてある。

フルトヴェングラーの信者にとっては、彼の指揮こそが絶対なのであり、
彼がそのように解釈するのならその曲はそうあるべきなのだ、
といった具合である。

しかしこの本の著者は、それとは違う。

ワルターが好きだというのはよく分かるが、
それでも手放しに褒めたりしない。

時折、文章が感情的・感傷的に陥りそうになることがあっても、
基本は、目の前にある音符がすべてなのである。

かといって譜面至上主義者というわけではなく、
その辺のバランス感覚が非常に心地よい。

紹介されているのは全部で15曲、どれもよく知った曲ではあるが、
この本を読みながら、あらためてそれらの曲が生き生きと再生されるような気がした。