ナチスが政権を握る直前から、
第二次世界大戦終戦までの間における、
クラシック音楽家約100人の生き様を描いた力作である。
ひとりずつについて記す「紀伝体」ではなく、
年代順に書かれた「編年体」の形式で書かれているため、
読む側としては、実際の戦争の進展に合わせて、
音楽界がどのように動いていったかがよく分かるのであるが、
書く側としては、ものすごい労力がいったであろう。
その分、音楽ファンであるならば読む価値のある一冊になっている。
(というより、これは読むべきだ)
当然ながら、既によく知られたエピソードも多く書かれているのだけれど、
個人的に初めて知って、興味深かったものには、下記のようなものがある。
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・ヒトラーが初めてワーグナーのオペラを観たのは、1906年で、
その時の指揮者が、マーラーだったこと。
ユダヤ人だったマーラーの音楽が、
その後のヒトラー政権下で演奏されることは、もちろんない。
・1937年、ベルリンにいた近衛秀麿がフルトヴェングラーの自宅に呼ばれ、
アメリカに亡命したいのでストコフスキーと話をつけてくれ、と頼まれたこと。
結局、ユダヤ人でもあるユージン・オーマンディの大反対で実現しなかった。
・カラヤンが初めてヒトラーの前で「ニュルンベルクのマイスタージンガー」を振ったとき、
ヒトラーお気に入りの歌手が、泥酔して舞台に上がったため、ミスをしてしまう。
ヒトラーはそれを、暗譜して指揮をしていたカラヤンのせいだとし、
フルトヴェングラーに対して、
「『マイスタージンガー』を暗譜で振ることは可能なのか?」と尋ねたところ、
フルトヴェングラーは即座に、「不可能です」と答えたという。
カラヤンがヒトラーから嫌われ、
フルトヴェングラーからはライバル視をされていたことを示すエピソードだ。
・反ナチス精神の作品として爆発的な人気となった、
ショスタコーヴィチの第七交響曲(「レニングラード」)について、
トスカニーニが、半ば強引に連合国側初演という大役を手に入れた。
二週間かけて暗譜をし、無事初演を果たすのであるが、
戦後、「自分がこんな曲を暗譜したなど、信じられない。
それぐらい、当時は反戦に燃えていたのだろう。」と語ったとか。
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もちろん、興味深く読めるエピソードだけではなく、
拘束されたもの、処刑されたものなど、痛ましい記述も多くある。
また、ドイツに残った音楽家と、ドイツと闘った音楽家の、戦後の衝突、
ベートーヴェンやワーグナーがドイツ人であるという事実との葛藤など、
そのまま映画にでもできるのでは、と思うぐらい、描写にはリアリティがある。
ただ、読後にもっとも強く感じることとしては、
誰の行動が正しくて、誰は間違えていた、ということなどではなく、
音楽というフィルターを通して眺めてみると一層分かることとして、
ヒトラーとナチスの行いは、もはや狂気であり、
その残虐性は、世界史における闇であるということ。
特に、ヒトラーをはじめとしたナチスの高官たちが、
なまじ音楽に理解があるだけに、
音楽という芸術自体の受けた傷が大きかったということ。
戦争の無意味さをあらためて知る上でも、
読んで損はないと思う。