ありきたりの作品や美術史の解説ではなく、
作品に込められた思いや背景、
そして観る側はそれをどのように受け止めるべきか、
この本を読みながら、
東大の3年目か4年目に受講した、
木下直之先生の美術史の講義を思い出していたのだが、
偶然か必然か、
本書の著者も木下先生にお世話になったという話が載せられており、
もう20年も前になるけれども、
課外授業で浅草寺の絵馬堂を見学した強烈な思い出が、
鮮明に脳裏に蘇ってきた。
まぁ僕の記憶などはどうでもよいのだけれども、
まさに美術には、人の心を(大袈裟にいえば人生までも)動かす「何か」がある。
そしてその「何か」に辿り着くためには、
観る側にも相応の知識と準備は必要なのであって、
この本はそのためのウォーミングアップというか、
きっかけを提示してくれる。
新書でありながら、豊富な挿絵がオールカラーであるのも、
大変素晴らしい。
当書には、誰でも見知っているような、
いわゆる「名画」は登場しない。
いやむしろ、マイナーと呼んでもよい作品の方が多いかもしれない。
けれど、著者の丁寧かつ真摯な文章とともにそれらを眺めると、
不思議なことにすべてが名画に思えてくる。
有名・無名にかかわらず、
絵の中に何を見るのか、
それはすなわち芸術の本質を見抜く力なのだけれども、
そのことを知るための最高の手引きになるであろう良書だ。
あとがきで知ったのだが、
著者は娘さんを亡くした悲しみと無気力の中で執筆したのだという。
道理で、ひとつひとつのセンテンスに生気があるというか、
文章に魂が宿るというのは、こういうことを言うのであろう。
絵画好きには必携の書である。