天文学の楽しみのひとつは、
計算によりそれぞれの星の動きや位置を、再現・予測できることにある。
それはすでに古代人が気付いていたことでもあり、
エジプトやマヤなどの古代文明では、
星の動きをカレンダーとしていたことは、よく知られている。
規則正しい動きを伴う天体の特徴は、
実用面のみならず、占術にも用いられることにより、
古代の文献には天体に関する記述が、少なからず見受けられる状態となっている。
本書は、古代文献における天体に関する記述を、
現代の天文学の視点から捉え直し、
その正確な年代・日時などを推定する「古天文学」の入門書といっていい。
我が国でいうならば、
『明月記』のような貴族の日記や、『日本書紀』のような正史に、
天体に関する記述があることは有名だが、
この本の興味深いところは、
フィクションであると思われがちな物語中の記述をも、
きちんと分析している点にある。
たとえば『源平盛衰記』中の、
水島の戦いにおいて、突然の日食にあたりが「闇夜のごとく」なり、
源氏方が驚いて逃げ惑うという描写については、
「食の始めは午前九時五十六分、食の終りは午後一時十七分で、
食分0.九三。
皆既ではないのだから『闇の夜のごとく』は誇張がすぎるが、
夕暮くらいにはなった」
と、非常に明快かつ具体的な解析を行っている。
もうひとつ例を紹介しよう。
鎌倉時代、佐渡に流された日蓮が、二年余の後に赦免され、
幕府に赴いて、佐渡で目撃した天変地異の前兆となる天体現象を語るというくだり。
『法華取要鈔』には、文永十一年(1274年)の3月14日に、
金星と木星が「並び出る」と書かれていて、
著者はそれを、3月14日ではなく3月11日の「合」のことだろう、
としている。
手元の天体ソフト(ステラナビゲータ)でシミュレーションしてみたところ、
1274年3月14日午前5時の空は以下のような状態だった。
一方、著者の主張する3月11日の空は下記のようになる。
なるほど、これは確かに二星がほぼ重なっており、
当時の人が、何やら事件が起こる前触れだと解釈したのも頷ける。
というように、星の動きをものさしにして古代の文献を探ってみると
そこにはいろいろな発見があるということを、
この本は教えてくれる。