中井 英夫

夢野久作『ドグラ・マグラ』、
小栗虫太郎『黒死館殺人事件』と並ぶ、
「日本探偵小説三奇書」と呼ばれていることを知り、

前2作のファンである自分としては、
読まないわけにはいかなかった。

読後の第一印象としては、
「奇書」というよりは、随分と手の込んだ傑作だなというもの。

1954年から55年にかけての、
洞爺丸事故や聖母の園事件といった、
社会を揺るがした実際の事件・事故をベースとし、

そこに「呪われた一族」である氷沼家で起こる、
連続密室殺人事件を重ね合わせるという、

探偵・推理小説としての出来映えは勿論のこと、
人間関係や人生への洞察といった文学的要素も多分に含まれており、
読み応え十分な大作である。

事件を取り巻く人物たちが、
探偵気取りで真犯人や密室トリックを解き明かそうという過程が、
そのまま読者の脳内とシンクロするのと、

前述のように、実際の社会ニュースを織り交ぜて進行することからも、
作中の世界と現実世界とを重ね合わせるという試みが、
作者の狙いであったのだろう。
(それゆえ、この作品は「アンチ・ミステリー」の代表作と言われているらしい。)

全編に、シャンソンや薔薇(とその色彩)が、
モチーフとして通奏低音のように用いられており、
それが聴覚的・視覚的に効果のある仕掛けにもなっている。

ミステリーファン必読の名作だと思う。