本当は久保田淳の新編の方を買いたかったのだけれど、
古本でも3万円ぐらいするので、
オリジナルの方を買うことにした。
明治以前の和歌の中から、約8,000首の名歌を選び、
それらがどの作品でどのような形で引用されているか、
を記したもので、
古典を読むものにとっては、
まことに興味深い資料となる。
和歌という芸術は、
決してその一首だけを鑑賞するのではなく、
勅撰和歌集であれば、他の収録歌を含めた全体の流れ、
要するに「横」のつながりを吟味すべきだし、
もっと重要なのは、いわゆる「本歌取り」などの手法によって、
その和歌のもつ詞なり意味なり情感が、後世の作品に取り込まれる、
つまり「縦」のつながりを無視することができない。
この辞典は、そういった「和歌による古典文学のネットワーク」を、
繙くための手掛かりとなるのである。
例えば、『古今和歌集』の有名な一首、
さつき待つ 花橘の香をかげば 昔の人の袖の香ぞする
(詠み人知らず)
の項を見ると、
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和泉式部日記(昔の人の)
源氏物語「若菜下」(五月待つ花橘の)
堤中納言物語「逢坂越えぬ権中納言」(五月待ちつけたる花橘の香も昔の人恋しう)
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鳥部山物語(さつき待つ花橘の匂ひならねど)
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古浄瑠璃「公平化生論」(橘の香に袖や匂ふらん)
浄瑠璃「御所桜堀川夜討」(橘ならぬ袖の香の昔ゆかしく)
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・・・
という具合で、
(上記はほんの一部だが)この名歌が後世の作品にいかに影響を与えたかが、
一目瞭然となる。
もちろん単なるアンソロジーとしても楽しめるし、
これはなかなかよい買い物をした。