中世日記紀行集

南北朝時代の歌人、宗久による紀行文。

一夜の旅の宿にて、老の眠を醒まして、
壁に向かへる残りの灯をかかげそへて、
道すがらの名高き所々の心に残りしを、
忘れぬさきにとて、思ひ出づるままに、
前後の次第を言はずこれを記しつけて、
都のつとにとて持ち上がりぬ。

という末尾の一文が、
本作の内容、そしてタイトルの由来を端的に表している。

現代ではあまりメジャーな作品とは言い難いが、
後世、明らかに芭蕉が『奥の細道』に影響を与えた思われる箇所もあるので、
風流人の間では、それなりに知られていたのかもしれない。

筑紫を出発した作者が、
東国の歌枕を巡るという、よくある紀行文ではあるのだが、

「さやの中山」なのか「さよの中山」なのか、
あるいは、浅香の沼には本当に菖蒲はなかったのか、

といった歌枕に関する疑問を、
現地の人にたずねて考証している点などはユニークである。

それ以外にも、
秩父と群馬、筑波山といった、
あまり古典では見慣れないルートの旅をしている点も、
興味深い。

ただ、文章は極めて淡白で、
読み易い反面、若干の物足りなさを感じてしまうのも事実である。