匣の中の失楽

「日本探偵小説三大奇書」の最後となる、
『虚無への供物』(中井 英夫)を読んだのは、
つい最近ここに書いたとおりだが、

続けて「四大奇書」のひとつと呼ばれる、
この『匣の中の失楽』を読むというのも、
決めていたことだった。

いやぁ、すごい。よく出来ている。

これが、作者が弱冠二十歳そこそこのときの作品だとは、
とても信じがたい。

何がすごいといえば、まずはその構成。

『ドグラ・マグラ』における、
実は精神病患者の妄想の世界だったというオチと、

『虚無への供物』における、
作中作という手法を大胆かつ緻密に採用し、

つまり、奇数章と偶数章とで、
実際の物語と、その物語と全く同一人物が登場する作中作とを交互に展開させ、

かつ一方の内容が一方に影響を与えるという徹底ぶり、
しかも序章と終章とがループするという構成・・・

読み手としては、
すべてが本の中の世界だとは分かっていても、

読んでいる側が騙されているだけなのではないかという、
あの、この手の作品を読むときにのみ味わえる、
倒錯した快楽のようなものに、どっぷりと浸れるのである。

そしてそのディテール。

『黒死館殺人事件』のような難解さはないが、
九星占術や心理学、生理学等をベースにした、
人物たちの会話やストーリー展開はなかなか興味深く、

黒魔術などといったオカルト的嗜好も、
非現実までいくことなく、スパイスとして役だっている。

多様な人物たちの人間関係がカギだったり、
やけに密室殺人にこだわったり、

といったあたりは『虚無への供物』へのオマージュというか、
そのまんまなので、
『虚無への供物』が好きな人は是非一読すべきだろう。

ただ、唯一惜しむらくは、
密室トリックがそれほど練られてなかった点かな。

まぁそれは、あくまでも心理的トリックに重点をおいたのという意味では、
アリなのかもしれないけれど。

仕事のある平日は、
なかなかこういう非現実世界に浸ることは難しいが、
連休中だからこそできる、贅沢な一気読み。