後世、歌聖として崇められ、
伝説や逸話の類は数多くあれど、
官位の低さなどから、
存命時の記録には一切登場しない人麻呂について、
歴史学を専門とする著者が、
天武・持統朝のやや特殊な状況を踏まえつつ、
作品自体や先人たちの研究内容にも深く切り込んで、
この謎の詩人の実体と魅力に迫った論考である。
人麻呂といえば「挽歌詩人」というイメージが強いが、
著者は人麻呂の特徴は、
「相聞的挽歌」にあると断言する。
つまり、死そのものを詠うわけではなく、
死者に纏わる人間としての生活部分、
特に後に残された妻や子供たちとの関係性において、
死をクローズアップさせる手法は、
まさに「相聞的挽歌」だろう。
読後、一番印象的だったのは、
人麻呂が宮廷詩人たり得たのを、
天武亡きあとの持統朝の性質との関係で把握している点と、
最終章での人麻呂の死の考察において、
根拠のない推定はすべて排除しながら、
歴史学者の立場で厳格に論を進めつつも、
時にはヒューマンな視点から、
最晩年の人麻呂作品の魅力について、
見事に解説している点だ。
文芸評論にはあまり触れることはないのだが、
これは間違いなく名著だと思う。