市田 儀一郎 著「バッハ 平均律クラヴィーア ⅠⅡ: 解釈と演奏法」(音楽之友社)
日本語で読める『平均律』全曲の、
鑑賞用ではなく実演用の解説書は、
それほど多くはないのであるが、

その中でも質・量ともに、
群を抜いた存在なのがこの本。

Ⅰ巻とⅡ巻の全2冊で、
全48曲のプレリュードとフーガを、
1フレーズずつ分析しながら、

曲の構成、演奏法について、
詳細に解説している。

特にフーガにおいては、
全体構造の理解なしでは、
弾いたことにはならないので、

この本は、練習の合間に何度でも読むべき、
まさに最良のガイドブックだろう。

この手の本は、ともすると、
味気ない分析に終始しがちなのであるが、

例えば、第Ⅱ巻の第7番(Es dur)プレリュードの、
冒頭に置かれた、

リュートを爪弾くような古雅な趣きをたたえ、
愛情と含蓄あるものやわらかさ、明るさが翳りと同居して、
陰影深い表情をあらわしている。
繊細な味はクラヴィコードに適していよう。
最初の小節に示された左手の動機(モルデントと和音アルペッジョ)を胚芽として、
このプレリュード全体を肌理こまかく流暢に編み上げ、
淀みない「かな文字」の連綿体を思わせる仕上がりとなっている。
あくまで次につづくフーガの予備として、
フーガに向かってそよぐかのように揺動している。

という解説文の心地よさ、

特に、曲全体を「『かな文字』の連綿体」に喩え、
「プレリュードがフーガに向かってそよぐかのように揺動している」
と表現するあたりは、

もはや詩的とも言えるほどの美しさで、

この音楽にしてこの解説あり、
とはまさにこのことだろう。

僕にとっては、
非常に頼もしい教師になってくれそうだ。