伊藤 将人 著「移動と階級」(講談社現代新書)

著者が、
「これが本書の主張であり、
結論である。」
と明快に述べている箇所を、
そのまま引用しよう。

移動の機会や実現可能性、
結果には”差”がある。

それは、グローバル化した世界の中で、
「移動しやすい人」と「移動しにくい人」、
「移動できる人」と「移動できない人」
の分断を深め、
格差や不平等さを拡大させている。

昔から、

「クリエイティビティは移動距離に比例する」

等々、要は、

「仕事ができる奴は、移動距離も多い」

という、格言(?)が、
語り継がれてきた。

この本は、

その格言(?)が果たして本当なのか、
本当だとしたらその原因は何か、

実はその裏には、
もっと深い社会問題があるのではないか、

について考察したものである。

論旨は明快で、
但し裏を返せば、
サプライズもないわけだけれども、

それはさておき、
致命的な問題が本書にはあり、

それは、データを都合よく、
恣意的に扱っていないか?
という点である。

「調査によれば、~の人は全体の~%」

という記述が、
数ページに1回は出てくるぐらい、

本書の生命線は、
この「調査」にあるのだが、

問題は、

その母集団がどのような集団なのか、
母数はいくつなのか、
どのように調査したのか、

について、
一切触れられていないことである。

データを扱う立場として、
これは失格。

自説に都合のよいように、
解釈を歪曲しているのでは、

と疑われても文句はいえないし、

そもそもよくこれで、
出版ができたな、と。

学者だろうと、
サラリーマンだろうと、

データ扱いのルールを徹底することは、
仕事の基礎の基礎である。

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