少なくとも日本人においては、
クラシック音楽に対して、
「似非進化論」的な捉え方、つまり、
新しきは古きを凌駕する、という考えが、
根強く残っている気がしている。
自分自身が受けた音楽教育を振り返ってみても、
クラシック音楽は、
バロック-古典派-ロマン派
の順で「進化」してきたのであり、
バロック以前の音楽ともなれば、
それはまるで、多細胞生物以前の単細胞生物であるかのように、
不当に軽んじられていたように思う。
けれど、音楽以外の芸術のジャンル、少なくとも例えば絵画においては、
レオナルドやミケランジェロが、ゴッホやピカソよりも劣っているとは言えないし、
バロック絵画に限定してみても、
ベラスケス、ルーベンス、レンブラント、カラヴァッジョといった画家たちは、
劣っているどころか、むしろ美術史において傑出していると言えるぐらいである。
なぜ音楽史が曲解されているかについては、
理由のひとつとして、ベートーヴェンという存在が挙げられるだろう。
ベートーヴェンという芸術家が、
それまでの音楽の在り方と、彼以降の音楽の在り方とを、
あまりにも違うものに変えてしまったがゆえに、
音楽愛好家の中には、「ベートーヴェン以前or以後」という捉え方が、
半ば本能的に染みついてしまっているのである。
そして、この楽聖の影響を受けていない音楽と、
影響を受けた音楽のどちらが好まれるかと言えば、
それは間違いなく後者なのであって、
ベートーヴェン以前の音楽といえば
せいぜい、バッハ、ヘンデル、ハイドン、モーツァルトという、
偏向したレパートリーに定着してしまっている。
ということで、
もし、バロック音楽を、「古くて、つまらない」と思い込んでいる人がいるならば、
是非この本を手に取ってもらいたい。
そして本文で紹介されている何曲かを、
youtubeででもよいので、聴いてみてほしい。
それでも何も感じないのであれば、
あなたには、クラシック音楽が、というより、音楽自体が向いていない可能性がある。
(それは決して悪い意味ではない。他の趣味を見つければ良いだけだ)
逆に、それらの曲の中に、
今まで気づかなかったような、新しいもの、心躍るものが見つかったのならば、
それをきっかけに、ぜひ音楽史を遡ることもしてみてほしい。
生物の進化において、哺乳類が突如登場したのではないのと同様、
偉大なるバッハも、ゼロから生じたわけではなく、
バッハに至るまでの、
決して長くはないが、多様かつ尊厳なる音楽の道があって、
その結実が、大バッハなのである。
そしてそこまで音楽史の旅を続けた人であれば、
「ベートーヴェン以前・以後」ではなく、「バッハ以前・以後」という表現こそが、
クラシック音楽の理解には適切であると、気付くだろう。
最後に余談ではあるが、
バッハの生まれた1685年という年は、
日本では竹本義太夫が、竹本座にて浄瑠璃の興行を始めた翌年であり、
遠く離れた日本とヨーロッパの音楽芸術の歴史が、
ほぼ同時期に本格スタートを切ったというのが、
とても興味深い。