「部首のはなし―漢字を解剖する」(阿辻 哲次)

「一番日本らしい辞書は?」と問われたら、
それは国語辞典ではなく、漢和辞典なのかもしれない。

部首索引だけなら、本場中国の字典も同様なのだが、
漢和辞典はそれに加えて音訓索引を備えており、
それがこの辞典を、日本的な存在たらしめている。

この本でも再三触れらているとおり、
そもそもその漢字を読めるのであれば、
普通の人は、まず漢和辞典など引かないのだ。

通常は読めない漢字に出会ったときにはじめて、
漢和辞典を手に取るのであって、
そしてそのときこそは、「部首索引」のお世話になることになる。

そこで、部首の話。

誰もが一度や二度は、
部首の理不尽さを感じたことがあるだろうと思う。

「こざとへん」と「おおざと」は、
同じ形なのになぜ、ヘンになったりツクリになったりするのか、

体を表す「月(にくづき)」ってそもそも何だ?

獣なのに、けものへんが付く漢字と付かない漢字があるのは何故?
・・・・・
・・・

それらの問いに、
エッセイ風に易しく回答しているのがこの本だ。

西洋文化と東洋文化、
どちらが優れているという話ではないが、

今まで色々な先生の話を聴いたり、
本を読んだりしてきたわけだが、

やはり東洋史や東洋文学専門の方々の話というのは、
何とも言えない含蓄がある。

まぁそれは単に、
自分が東洋人だからというだけかもしれないが、

でも日本史や日本文学とはまた違った、
独特の味わいがあるのは、何なのだろう。

そういう意味でも、
日本語と中国語とを不思議なバランスで取り込んだ漢和辞典という存在は、

まさにそういった味わいを楽しむための一例であり、
部首こそがその入り口となってくれるかもしれない。