漢籍や歴史の登場人物を主人公としたうえで、
彼らに「近代的」ともいえる自我を持たせ、
人生や芸術について葛藤する姿を描く、
というのが、
中島敦の得意な創作パターンであるが、
この「光と風と夢」は、
「宝島」や「ジキル博士とハイド氏」の作者として有名な英国の作家、
スティーブンソンによるサモア滞在中の日記という形式をとっている。
はっきり言って、
ストーリーらしきものは、ほぼない。
描かれているのは、
病気療養中のスティーブンソンが、
西洋文明から遠く離れた南国において、
己の人生、芸術、そして政治や文化について、
あれこれ悩み考える姿と、
読むことでその温度や湿度までも伝わってきそうな、
南国の鮮明な映像だけだ。
冒頭に書いたとおり、
これはまさに中島敦おきまりのパターンなのではあるが、
中島敦=中国古典、という意識が強い分、
スティーブンソンの南国滞在記というネタの斬新さが、
とてつもなく魅力的というか、型破りというか、
中島敦に慣れている読者であれば楽しめる反面、
そうでない人にとっては、
なんの面白みもない文章であろう。
人生とは、私にとって、文学でしかなくなった。
文学を創ること。
それは、歓びでもなく苦しみでもなく、
それは、それとより言いようがないものである。
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死期が近づいたスティーブンソンに、
上記のように語らせた一節が特に印象的で、
これはいうまでもなく、
主人公同様、病と闘い、
若くしてこの世を去った作者による、
偽りのない告白であろう。