久々に荷風先生が読みたくなった。

評論や日記の類は割と読んでいたのだけれど、
小説はもう、10年以上もご無沙汰だと思う。

何を読んでもよかったのだけれど、
去年、三味線の演奏やらで、白髭橋とか曳舟とかに行くことが度々あったので、
あの辺り(玉の井)を舞台にした、この作品を読み返すことにしてみた。

「ラビラント」(迷宮)のような街に、ドブが流れ、蚊が充満し、
そこに真夏の蒸し暑さが加わった、
昭和初期のじめっとした風俗街の鬱陶しい空気を味わうには、十分な作品だ。

むしろ風俗資料としては、かなり貴重なものといえるだろう。

しかしながら、畏れ多くも申し上げると、
小説としては、どうもつまらない。

自己陶酔型の初老の男性による、自分勝手な物語である。

かといって、ヒロインのみじめな境遇が強調されるわけでも、
強烈な性愛表現があるわけでもなく、
物語としては、きわめて中途半端であると言わざるを得ない。

ただ、それを補って余りあるほどの、じめじめ感、
濁った油絵具を分厚く盛られた、決して上手くない絵画のような、
そう、これは絵画的、さらに言えば浮世絵的だと言えるのかもしれない。

そう考えると、逆に、「文字で現代版浮世絵を描いた」荷風の腕前を、
褒めるべきなのだろう。