引き続き、綺堂を。
『江戸のことば』は「綺堂随筆集」とあるけれど、
怪談も数話収められている。
「半七」と同じで、綺堂の怪談でどれが一番優れているか、
あるいは怖いか、などと考えるのはあまり意味がなさそうに思う。
ただこの本に収められた「深川の老漁夫」は、コワい。
話しとしては特に捻りがあるわけではないのだけれど、
謎の漁師と獺(かわうそ)との関係が、
多くを語られていないだけに、異常さが際立っている。
現代の人は、獺・・・?、と思うかもしれないが、
かつての江戸は、あちらこちらの水路に獺が住んでいて、
時には陸にあがって人間に悪さをすることもあったらしい。
現代の野良猫ほど、とまではいかないが、
江戸市民と獺とは、相当近しい関係であったことは間違いない。
そんな、事実を前提にしてこの一篇を読むと、
コワさを通り越して、悲哀のようなものが感じられてならない。
「・・・あくる朝になって、その死体が芦の茂みから発見された。
彼は両手で大きい河獺の喉を絞めつけながら死んでいたのである。・・・」