「門」(夏目 漱石)

「門」(夏目 漱石)

漱石はある意味不幸な作家である。

あまりに偉大であるがゆえに、
大部分の日本人が中・高の国語の教材として叩き込まれるため、

「漱石なんてこんなもんか」と思われてしまい、
大人になってから敢えてそれを読んでみようという人もいなくなるわけだ。

自分も十代の頃、そんな漱石を耽読していた。

大学に入ってからは、
小説というもの自体を読むことが殆どなかったため、
漱石などは遠い記憶の底に置き去りにされていた。

それがどういうことか、ふと漱石が読みたくなった。

それも、主要作品の中では「明暗」と並んで地味な存在の、
「門」である。

20年以上前に一読しているので、
もちろん内容はなんとなく覚えている。

しかし、それから20余年後の自分が、
なぜよりによって「門」を読みたくなったのかは、
自分でも皆目分からない。

一気に読んだ。
一言で言えば、救いようのない、
絶望的な小説である。

「三四郎」「それから」に続く、
いわば「三角関係もの」などということはもはやどうでもよい。

そんなものは、この小説の底に流れる、
恐ろしいまでの「救いようのなさ」を印象付けるひとつのファクターにすぎない。

小説の末尾近くで、主人公は禅寺の門を叩き、
そして何も得られず、
また日常に戻って月給が五円上がって云々、、、と描かれる。

晩年の漱石の冷徹な目で捉えられた、
人生というものの皮肉と悲哀が、そこにはある。

この小説には、特に盛り上がりもなければ、
テーマと呼べるものもない。

でも人生というのは、所詮そんなものなのかもしれない。

「人生は小説よりも奇なり」とは、
とても普遍的なものではあり得ない。

この救いようのない小説を何故か求めて読んだ、
救いようのない自分がいた。

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