「響きの科楽」(ジョン・パウエル)

 

音楽は、聴くにしても弾くにしても作るにしても、
根幹にあるのは物理である、と僕は思っている。

音色を決める波形、ピッチを定める周波数、旋法と和声の構造、
楽器を演奏するにしても、管楽器であれば唇の形と息の流れ、
弦楽器であれば弦を押さえる位置と、弦を弾く強さや角度・・・

大部分において物理の法則が支配をしており、
唯一それを免れているのは、どのようなメロディを作るか、という、
インスピレーションに関わる部分ぐらいのものではないだろうか。

これはスポーツでも同じことだが、楽器を演奏するにあたり、
とにかく何度も何度も繰り返せばそのうちに上手くなる、
という練習方法は、間違えている。

弾けないフレーズは何がいけないのか、
弦の押さえ方か、指の位置か、それとも弦を弾く角度なのか、
まずはそこを分析してから練習をしなくてはならないのであって、
闇雲な練習は、時間と体力の無駄である。

この本では、さすがに楽器の練習方法についてまでは細かく書かれてはいないが、
おおむね音楽に関わるほぼすべてのことについて、
科学的な視点からのアプローチを行っている。

しかも数式などは用いずに、きわめて易しく書かれているので、
ひと通りを学ぶ入門書としては、もってこいの内容だろう。

音楽を科学的に分析する、などというと味気ないように感じられるかもしれないが、
決してそんなことはない。

むしろその逆で、音楽がどのように作られ、どのように演奏されているのかというメカニズムを知ることは、
さらに音楽を楽しむための助けになってくれることだろう。

ただ悔やまれることは、
この本の副題に「ベートーベンからビートルズまで」とあるように、
西洋音楽しか扱っていない点である。

はっきり言って、ベートーベンもビートルズも、音楽的な違いはほとんどない。
所詮、西洋音楽の旋法と音律の範囲内の話であって、
肉を焼いて食うか、茹でて食すかの違いぐらいなものである。

肉でなく野菜や魚、すなわちインド音楽や三味線音楽などの非西洋音楽についても、
もっと掘り下げて触れてほしかった。
このままだと、西洋音楽こそが音楽の基準である、と思われてしまう恐れもあるので。