「近代秀歌」(藤原 定家)

「近代秀歌」(藤原 定家)

短い歌論であるが、定家の和歌観が端的に述べられている。

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詞は古きを慕ひ、心は新しきを求め、
及ばぬ高き姿を願ひて、寛平以往の歌に習はば、
おのづからよろしきことも、などか侍らざらん。
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定家が挙げている四つのポイントのうち、やはり最初の二つが重要で、

・言葉は古いものを使うこと(新奇な言葉は用いない)
・逆に、内容は新しいものを求めること

文字通り読めば、芸術における形式と内容の関係に触れているわけで、
「伝統的なハードに、革新的なソフトを搭載すべきだ」と言っているように感じられる。

そういってしまえば、
それってつまり、三味線でロックを弾いたり、ガラケーなのにAndroid OS積んでたり、ってことでしょ、
と思う方もいるかもしれないが、ちょっと違う。

定家はあくまでも伝統重視なのである。

歌を詠む際は当然ながら伝統的な詞で詠むべきで、ただちょっとひねりなさい、と言っているのである。

「心は新しきを求め」というのは、伝統から離れなさいという意味ではなく、
オリジナリティを出しなさい、ということなのだと僕は解釈する。

それであれば、この直後に本歌取りの説明が続く理由も腑に落ちる。

本歌取りこそはまさに、伝統的な詞を使いながら、全く異なる世界を演出する仕掛けなのだから。

四つのポイントのうちの残りの二つも、どちらかといえば形式についての言及であり、
この「近代秀歌」という歌論は、幽玄や有心といった内容に関してではなく、
形式の側から和歌のあるべき姿に迫ろうとしたものであろう。

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