「博物誌」(プリニウス)

 

僕がプリニウスの「博物誌」を知ったのは、
世界史の授業よりも、澁澤龍彦の「私のプリニウス」のためだった。

以来、この古代ローマの叡智である、
全37巻におよぶ百科事典を、いつか読まねばと思ったまま時は過ぎ、

30年ほど経って、
雄山閣から3巻本で出ているのを古本屋で知ったのをきっかけに、
夏のボーナスで思い切って買ってみた。

驚いたことには、「早稲田大学文学部図書」というスタンプと、
旧字体で彫られた「早稲田大学図書」という印が何か所かに押してある。

いわば「由緒正しい」書物なわけだが、
なぜこれを早稲田が手放したのか、
そしてなぜそれが我が手元に収まることになったのか、
思えば不思議な因縁なような気もするし、

それが例えば、浄瑠璃全集、のような本ではなく、
プリニウス先生の「博物誌」だというのも、
滑稽といえば滑稽である。

さて、この大著を通して全部読む気はさらさらないが、
時間のあいたときに、ちびちびと拾い読みをするだけでも、
その醍醐味は十分に味わえる。

まずは序文があって、
続く第1巻が、第2~37巻のサマリーになっているというのが、
いかにも大袈裟な感じがしてイイ。

そして第2巻は天体についての著述になるわけだが、
このあたりは至極マジメに書かれており、
この書物の面白さは、ここにはない。

やはりプリニウス先生の筆の魅力は、
「荒唐無稽さ」にある。

いくつか実例を挙げてみよう。

第8巻は「動物」だが、
ハイエナやロバ、ビーバー、アザラシといった動物たちの説明に紛れて、
突然「コロコッタとマンティコラ」なる項目が出現する。

先生曰く、

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この種の動物と交配すると、エチオピアライオンの雌はコロコッタを産むが、
この動物も同じように人間やウシの声を真似る。
それは上下の歯に切れ目のない骨の隆起があって、歯茎のない一続きの歯をなしている。
そして反対の顎との接触によって鈍くなるのを防ぐため一種の容器にしまわれている。
ユバが述べているところでは、エチオピアではマンティコラも人間の言葉を真似るという。
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まさに珍文漢文、何のことかさっぱり分からない。
でも先生は大真面目なのである。

第30巻は「動物から得られる薬剤」。

「カタツムリの薬効」として、

胃の最上の薬はカタツムリを食べることだ(!)

と自信満々に語り始められる。

けれど途中から、そのトーンが微妙に変わってくる。

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(中略)
保存したものであれ、新しいものであれ、決して美味い食物ではない。
川カタツムリや白カタツムリは厭な味がある。
森のカタツムリは下痢を起こし胃によくない。
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胃によくないんかい!とツッコミを入れつつ読み進める。

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そして小さいカタツムリはすべてそうだ。
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おい!(笑)

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(中略)
さらに、アケラトイと呼ばれるカタツムリがあって、
これは幅が広く、多くの場所で発生する。
これらについては、適当なところで語ることにする。
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何か、「今日の所はこれで許しておいてやろう」的な逃げ方をされたような感覚というべきか・・・。

とまぁ、テキトーや出鱈目を織り交ぜつつなのだが、
僕が一番好きなのは、第7巻「人間」の著述で、

不思議な性質をもつ種族、として、
汗に触れると病気が治るとか、火の上を歩いても火傷しないとか、

いつもの調子で語る中に、さらっとこんなことを混ぜてくる。

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(中略)
瞳が二つあるすべての婦人の一睨みはどこででも有害なものだ
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女性に見つめられてニヤニヤしている先生の顔が思い浮かぶようだ。