「敗戦日記」(高見 順)

「敗戦日記」(高見 順)

「敗戦日記」(高見 順)

1945年の1月1日から12月31日まで、
ほぼ毎日綴られた日記である。

僕は高見順という作家の作品を、
実は読んだこともなかったし、どんな人物かもよく知らない。

だから偏見が混じることなく、
1945年という敗戦の年の出来事を綴った貴重な記録として、
接することができた。

戦争末期、そして戦後直後に、
東京の街はどういう様子だったのか、
日本人はどのような生活をしていたのか、
それらを知ることができるのはもちろんだが、

当時の知識人が、戦争や政府に対して抱いていた思いを、
生々しく吐露した作品としての中身の方が、
むしろ価値があると思われる。

作者は100パーセント反戦というわけではない。

ただ、戦争によって日本人の生活が貧しくなり、
そして何よりも、精神が蝕まれていくことを、嘆いている。

そしてその責任は軍閥にあると堂々と明記し、
さらには、真実の報道をせず、
戦後にその謝罪すらしなかった報道機関への怒りを、露わにしている。

作者の戦争に対する嫌悪感がもっとも顕著に表現されているのは、
戦後、占領軍を饗応するために、
日本人がキャバレーなるものを運営していたことに対してだ。

長くなるが、1945年11月14日の日記を下記に引用しよう。
※一部差別的表現があるかもしれないが、原文ママ。

地下二階で「浮世絵博覧会」をやっている。
その下の三階がキャバレーで、アメリカ兵と一緒に降りて行くと、
三階への降り口に「連合国軍隊ニ限ル」と貼紙があった。
「支那人と犬、入るべからず」という上海の公園の文字に憤慨した日本人が、
今や銀座の真ん中で、日本人入るべからずの貼紙を見ねばならぬことになった。
しかし占領下の日本であってみれば、致し方のないことである。
ただ、この禁札が日本人の手によって出されたものであるということ、
日本人入るべからずのキャバレーが、
日本人自らの手によって作られたものであるということは、特記に値する。
さらにその企画経営者が終戦前は、
「尊皇攘夷」を唱えていた右翼結社であるということも特記に値する。

世界に一体こういう例があるのだろうか。
占領軍のために被占領地の人間が自らいちはやく婦女子を集めて、
淫売屋を作るというような例が。
支那ではなかった。南方でもなかった。
懐柔策が巧みとされている支那人も、自ら支那女性を駆り立てて、
淫売婦にし、占領軍の日本兵のために人肉市場を設けることはしなかった。
かかる恥ずかしい真似は支那国民はしなかった。
日本人だけがなし得ることではないか。

日本軍は前線に淫売婦を必ず連れて行った。
朝鮮の女は身体が強いと言って、朝鮮の淫売婦が多かった。
ほとんどだまして連れ出したようである。
日本の女もだまして南方へ連れて行った。
酒保の事務員だとだまして、船に乗せ、
現地へ行くと「慰安所」の女になれと脅迫する。
おどろいて自殺した者もあったと聞く。
自殺できない者は泣く泣く淫売婦になったのである。
戦争の名の下にかかる残虐が行われていた。

戦争は終わった。
しかしやはり「愛国」の名の下に、婦女子を駆り立てて、
進駐兵御用の淫売婦にしたてている。
無垢の処女をだまして戦線へ連れ出し、淫売を強いたその残虐が、
今日、形を変えて特殊慰安云々となっている。

ここに書かれていることは、
すべてがそのまま事実ではないかもしれないが、

終戦後すぐに書かれていることからも、
真実から遠いということはないはずである。

これを読んだときに、
今まさに隣国に対して、
「慰安婦問題はもう賠償済みだから」といって取り合おうとしない、
我が国の政府の態度が、まことに恥ずかしく思えてくる。

おそらく日本人は、平和時においては、
実に規律正しく礼儀を守る民族なのだと思うが、

いざ戦争のような局面になると、
特殊な集団心理が働き、普段からは考えられないような行動を取るものが、
多くなるのではなかろうか。
※これは日本人だけに限らない問題かもしれない。

作者は別の箇所でも、
占領しているアメリカ軍が日本人を殴っているのを見たことはないが、
中国で日本人がしたことを考えると、信じられない、
というようなことも書いている。

これらは日本人が悪いのではなく、
戦争を始めた軍部のせいであるかもしれない。

けれども、事実は事実として否定できないわけで、
それを「もう終わったことだから」といって無視するのは、

まさに作者が批難しているような、
この時代の政府やマスコミと同じなのではないだろうか。

ちょうど8月15日頃に合わせてこの本を読み始めたのだが、
思いのほか、あれこれと考えさせられることが多かった。

最後に、文学的な興味でいえば、
作者は終戦直前に、同じく鎌倉在住の文士たちとともに、
鎌倉文庫なるものを運営しはじめる。

その文士面々が非常に豪華で、
川端康成、大佛次郎、久米正雄、といった人物が活き活きと描かれ、
志賀直哉や折口信夫の描写もある。
※折口信夫については、
有名な「安心して死なせてほしい」という発言があった会議が描かれている。

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