ウクライナ国立オデッサ歌劇場 オペラ「トゥーランドット」(1/15@Bunkamura)

ウクライナ国立オデッサ歌劇場 オペラ「トゥーランドット」(1/15@Bunkamura)

トゥーランドット

日本では人気の高い「トゥーランドット」だけれども、
個人的にはそれほど良い作品とは思えない。

モーツァルトでいえば「魔笛」のような感じで、
題材は良いのだけれども、台本がイマイチなのと、

良いアリアはあるのだけれども、
なんとなく作品から浮いてしまっている。

今回聴きながら、思った。
やはりアルファーノによる補筆は、失敗である、と。

芸術作品が未完成である場合、
未完成なら未完成なりの味わい方がある。

無理に完成させる必要はないし、
いや、巨匠の作品に手を加えようなどということは、
軽々しくできるものではない。

ただモーツァルトの「レクイエム」などは、
作曲者自身が病床にて弟子に補筆の指示をしたという意味で、
許されるものだろうが、

しかし、例えばセザンヌの未完成の画に、
一体誰が手を加えて完成させようと思うだろうか。

「トゥーランドット」においては事情が別のようだ。

病魔による他界でプッチーニが断筆せざるを得なかった大作に対して、
何人もの人が補筆を試みているのは、
やはり作曲家が愛されているゆえか。

とりあえずアルファーノによる完成版が、
上演のスタンダードになっているわけだが、

プッチーニ本人が書いたところまでとその後とでは、
明らかに音楽の質が違いすぎる。

初演時にそのスコアを見て、憮然と大幅なカットを行い、
さらにはオリジナルのところで演奏を中止したという、
トスカニーニの気持ちも分かる気がする。

肝心なフィナーレに‘こじ付け感’が残る以上、
フィナーレ如何によってその魅力が増減する、
ヒロイン・トゥーランドットの人物描写が曖昧になってしまい、
結果このオペラの焦点がぼやけてしまっているのだと思う。

不運な作品についてはさておき、
マリア・グレギーナのソプラノはなかなかものだった。

オケも思った以上に繊細な音色で、
そつなくこなしたという印象。

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