河内磐船(その1)

河内磐船(その1)

先日の大阪出張。

日本橋で夜にイベントがあるので、
そのためのディスプレイ(パネル)を受け取りに、
京都から南下し、田辺経由で、大阪府交野市へ入る。

河内磐船駅で降りたのはどうも僕一人で、
閑散とした改札を抜けると、
冷気が身に染みる・・・・そして、、何もない!

少し離れた角にファミマがあるぐらいで、
まだ14時だというのに、なんだこの寂しさは・・・。

さっさとブツを受け取って脱出しようと思い、
スマホの地図を開くと、目指す方角は駅の反対側だ。

しかし改札は、自分が出たひとつだけだったので、
どこかに踏切でもあるのかとキョロキョロすると、
線路の下を潜る、怪しげな地下道が(・∀・;)

若干早歩きで通り抜けると、
そこは雪国・・・ではなく、駅の北側。
こちらも南側同様、nothingだ。

とにかくGo!と歩みを進めると、左側に、
大きな石の塊が鎮座している。

周囲を柵で囲っているから、何かの遺跡だろうか?
だが、よくある説明書きみたいなものは、
どこにも見当たらない。

今思えば、なぜここで足を止め、
じっくり観察しなかったのかと悔やまれる。

写真すら撮らなかったとは・・・。
ただ、それだけ先を急ぐ気持ちが勝っていたということだ。

「河内磐船」というぐらいだから、
あの岩は船に見立てられた遺跡かなんかなのだろう、
と軽い気持ちで考えていたのだが、

東京に戻って、Webで色々調べてみても、
それらしきものがヒットしない。

交野市には、確かに磐船神社というものが存在し、
そこには御神体として「天の磐船」が鎮座している。

だがそれは僕がみたものよりも、遥かに巨大だし、
そもそも磐船神社は、河内磐船よりももっと奥の、
「私市」という駅の近くにある。
※「私市」は「きさいち」と読むらしいのだが、
「交野市私市」って、ヘンな住所だ・・・

こうなると、あの岩の塊の正体が知りたくて居ても立ってもいかなくなり、
ついに交野市の広報課にメールで問い合わせをしてみましたよ。

そうしたら、ヒマ・・・いえ、親切なので、すぐに返事をいただきました。

—————————-
お問い合わせ頂きありがとうございます。
JR河内磐船駅の北側ロータリーにある巨石は、
石で船をかたどったモニュメントです。

近年の駅周辺の整備にともない設置されました。
なぜそのようなものがおかれたかというと、
駅名ともなっている「磐船(いわふね)」という地名が交野にあるためです。

この地名は次のような天孫降臨にまつわる伝承によるものです。
『日本書紀』などに物部氏などの祖として
饒速日命(にぎはやひのみこと)という天孫が登場します。
(中略)
河内磐船駅周辺の整備にともなって、
こうした伝承を残す地名をアピールするために
「磐船」をかたどったモニュメントが設置されました。
—————————-

キタ――o(・∀・`o)(o`・∀・´o)(o´・∀・)o キタ――♪
と思い、丁重にお礼の返事を出して、
早速Google先生にたずねてみたよ。

「河内磐船 モニュメント」

そこで出てきたのは、、、
・・・・・・・・・・・・・・・・o(゚∀゚o)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(・ω・`;)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(゚Д゚;)

 

河内磐船

これじゃない・・・・( 。-ω-)-ω-)-ω-)
これじゃないんですよーーーー【 ゚Д゚】!!!

しかも、僕がみたのは、こんな芝生の上じゃなく、
歩道の脇に、コンクリから直接生えてるみたいなやつだったし・・・。

ここで悩んだ。2時間は悩んだ。
さらに15分は悩んだ。

・・・・・・・・
・・・・・・・・
・・・・・・・・
(゚∀゚)☆

Googleストリートビューってものが、
あるではないか!

岩の正体を探るために、必死です。
文明の利器を総動員です。

ついに捉えたそいつの姿!!!

 

河内磐船

白いボディに、テールランプまで付いて・・・・って、そっちじゃなく、
その奥の、岩。 てか、石。

ということで、現在、再度、交野市に問い合わせ中。
もちろん画像も添付した。

その結果は・・・乞うご期待!!!

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