2011年5月

オペラ「コジ・ファン・トゥッテ」(5/29@新国立劇場)

軽妙洒脱。 ワーグナーやヴェルディじゃあるまいし、 18世紀のイタリアオペラは難しいことを考えずに純粋に楽しめばいい。 モーツァルトの「コジ」(僕が中学生の頃は「コシ」だった)なんかは、 その典型。 しかも今回は、舞台を現代イタリアのキャンプ場「Alfonso」に設定し、 何から何まで現代風にアレンジ。 けれどそこは演出の冴えだろう。 不自然なところは一つもなく、 むしろそんな設定でも違和感を感じ […]

共喰い

最近の「ナショジオ」の記事から抜粋。 シデムシの幼虫は、 両親が地中に埋めたネズミの死骸をエサとする場合が多く、 母親が口移しで死肉を幼虫に与える。 「子どもたちは母親に必死でエサをせがむ。 だが途中でエサがなくなると、 母親は給餌が済んでいないお腹を空かせた子どもたちを食べてしまう」 と、『A Natural History of Families(家族の自然史)』の著者である、 カナダ、ウィニ […]

五月文楽公演「二人禿/絵本太功記/生写朝顔話」

●「二人禿」 初日だからかな。人形の動きが硬い。 出だしから、やや不安。 ●「絵本太功記」 豊竹英大夫の声が、いつもより細いのが気になった。 体調でも悪かったのか。。 この後の咲大夫と比べてしまうと、どうしても劣ってしまう。 「尼ヶ崎の段」の後半は圧巻。曲がスゴイ。 熱いし、音が厚い。 光秀が松の木によじ登り、 自軍の不利を悟る場面が、一番のクライマックス。 豊竹咲大夫は、やはりうまい。まさに適任 […]

「生誕100年 岡本太郎展」(@東京国立近代美術館)

肖像画の時代をピークに、 西洋画では「顔」(表情)の地位が下がってしまったような気がする。 印象派にとっては、「どんな表情か」というよりも、 「どのように見えるか」が重要だったし、 ピカソにしても例外ではない。 それに真っ向から対応したのが、 岡本太郎だったろう。 彼の作品には、ほぼ例外なく「顔」がある。 ぱっと見、顔には見えないものでも、 目が慣れてくるにつれて、目が見え口が見え、 そこに表情が […]

「ヒトは食べられて進化した」(ドナ・ハート/ロバート W.サスマン)

得体の知れない何物かに人間が襲われる・・・ というのがホラー映画の基本だけれども、 ドラキュラはカッコつけすぎな感じがするし、 プレデターは捕食するわけではないし、 エイリアンは舞台設定が非現実的だし・・・って考えると、 ヒトを襲って喰らうゾンビこそが、正統なるモンスターか。 以前、巨匠ジョージ・A・ロメロ監督のゾンビ映画(タイトルは失念)を見たことがあったけれども、 その時の感想はズバリ、「野生 […]

「レンブラント 光の探求/闇の誘惑」(@国立西洋美術館)

レンブラントといえば、劇的なまでの明暗のコントラスト。 でもそれはカラヴァッジョで十分だし、 それにレンブラントの描く人物には、 残念なことに魅力が乏しい。 今回の目当ては、版画。 それも肖像画や宗教画のような、 ドラマチックな要素を必要としない風景画である。 予想通り、白と黒の濃淡だけで表現されたレンブラントの風景画(特に「3本の木」)は美しかった。 同じモノクロームでも、 東洋の水墨画とは全然 […]