西洋・東洋の区別をなくして、
世界の美術を俯瞰することは大切だとは思うが、
平安前期の文化を「マニエリスム」、
平安後期の文化を「バロック」と呼ぶこの本の姿勢には、同意できない。
そもそも西洋の文化のみを語る場合でさえも、
例えば「バロック」という語の使用は十分に注意すべきである。
建築・絵画・彫刻・音楽それぞれの分野において、
「バロック」というもつ語の意義や重さは、異なる。
ましてそれを日本の文化、
しかも西洋の「バロック時代」よりも500年も遡る平安時代にまで適用することに、
それほどの意味があるとは思えない。
また、著者は、
古代日本の仏像彫刻の大部分が作者不明であることに危惧して、
無理やり作者を推定しようとしているが、
上述の件も含めて、
どうも既知の「形式」にあてはめないと安心して美術を鑑賞できないという、
研究者の悲しい性を露呈してしまっているような気がしてならない。
あと、「日本美術全史」と名乗るには、バランスが悪い。
田能村竹田に数頁を割く一方で、
酒井抱一は二行で片づけるという偏りは、
どうしてもご都合主義に思えてしまう。
批判ばかりになってしまったが、
500頁以上の力作ではある。
「日本美術全史」などと銘打たずに、
素直に「日本芸術私観」とかにしておけばよかったと思うのだが…。