2013年3月

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diary 2013/03

・2013年3月31日(日) 八宝茶に、ハマる。 ・2013年3月30日(土) 外苑あたりを歩いていると、 ケータイしながらジョギングしている人ぐらいはざらだけれども、 こないだの夜は、頭に読書灯をくくり付けて、 新聞読みながら走っている人がいた。 どっちかにしましょう。 ・2013年3月29日(金) 昨日買った野菜ジュースに付いていたストロー、 「吸うときに不快な音がしません」と書いてあったのだ […]

平均律と給料日

メモ。 西洋音楽のみならず、三味線の世界でも、 使われるのは、やはり12平均律。 でもインドネシアのガムランなどでは、5平均律が通常らしく、 「平均律の素晴らしさは分かるけど、なぜ12平均律じゃなきゃいけないの? 理論的にはどの平均律だって、不都合はないはず。」 という疑問を持っていたわけだが、 色々調べた挙句、12平均律が主流な理由は、 ・楽器が作りやすいこと ・楽器が弾きやすいこと というのが […]

「音楽の根源にあるもの」(小泉 文夫)

久々に、小泉文夫さんの著作を読んでみた。 最近、音楽について、あれこれと考えることが多かったので、 原点回帰というか、まさに「根源にあるもの」について、 何かしらヒントがあるのではないか、という思いがあった。 結果的は、、、読んで正解!! かなり僕の頭の中は、スッキリした。 特に、他の分野の専門家たちとの対談においては、 音楽と脳の関係、音楽と言葉の関係など、 興味が尽きなかった。 何よりも、語り […]

「ラファエロ展」(@国立西洋美術館)

浅草での津軽三味線の勉強会のあと、 そのまま上野まで歩く。 上野公園のような、大量に植樹された桜というのは、 どうも卑俗な感じがして、 稲荷町あたりの路地にひょっこり生えている桜の方が、 僕は好きだ。 でも僕は、花といえば、ツツジやアジサイやキクのように、 花の色と草の部分の緑とのコントラストを楽しみたいので、 ピンクというか白一色になる、満開の桜を、 それほど美しいとは思えない。 世の中に葉桜を […]

映画「アルゴ」

今月、映画に行くのは5回目ですが、 各所からツッコミが入らないことを祈ります。 さて、まずは、ベン・アフレック、久しぶり!! ※別に知り合いでも何でもないですが。 銀河系最高峰の、Academy Awardsを受賞されたことを、 祝福させていただきます。 でも、監督&主演をしていて、受賞したのが作品賞だと、 元々は俳優だった人としては、心中複雑なのではと思ったり。。 そんなことはさておき、感想にい […]

「日本一高い 日本一うまい」

新宿にある花園饅頭の、看板の広告文言である。 キャッチコピーとして、イイ線いっていると思う。 僕が気になったのは、 「日本一高い」という前半と、 「日本一うまい」という後半の2つのセンテンスが、 スペースだけを挟んで無造作に配置されている点である。 コピーとして成り立っている以上、 2つのセンテンスは、意味的に無関係ではないわけで、 真ん中のスペースには、 何かしらの「接続詞」を補うことが可能なは […]

  • 2013.03.21
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映画「クラウド アトラス」

久しぶりに、いや、初めてだろう、映画を観てこんなに衝撃を受けたのは。 とにかく、強烈だ。 こんな映画が撮れるのか、、と、 ただ、ただ、驚嘆するしかない。 物語は、6つのパートからなる。 1800年代、1950年代、1970年代、2012年、2100年代、 そして、文明崩壊後の世界。 時代も場所も異なる6つのストーリーなのだが、 実は、それぞれのパートにおける主要なキャラクターは、 同じ役者が演じて […]

「ルーベンス 栄光のアントワープ工房と原点のイタリア」(@Bunakamuraザ・ミュージアム)

「バロック」というと、音楽史的には、創生期にあたるが、 美術史的には、爛熟期である。 元の語義からすると、美術史における使い方のほうが正しいわけで、 単に同じ時代だからというだけで、 音楽史側が、同じ呼称を使うことにした。 美術と音楽とでは、 文化としての成熟のペースが、まったく異なる。 だからこれら双方のある時期を、 「バロック」のような共通の呼称で統一するのは、 かなり無理があるし、混乱の元だ […]

「ぼく自身あるいは困難な存在」(ジャン・コクトー)

ジャン・コクトーは、僕の中での「天才」の代名詞。 「~について」という短いエッセイを集めたこの本でも、 コクトーの天才ぶりは如何なく発揮されている。 一見、それぞれの内容は関連性がなく見えるのであるが、 読んでいくうちに、ひとつひとつが、とても微妙ながらも、 綿密な綾をなしているのが、わかってくる。 独特な言い回しで難解な部分も多いが、 時折、はっとさせられるようなフレーズに出会うことがある。 「 […]

古代火星の生命

キュリオシティの活躍(?)によって、 大方の予想通り、古代火星は生命が住める環境だったであろうことが、 ほぼ明らかになったようだ。 そういう環境であったということは、 そこに生命がいたことは、ほぼ間違いないだろう。 ただ、僕の考えは悲観的である。 かつて火星に生命がいた、ということよりも、 それが現在ではほぼ絶滅してしまった、ということの方が、 重要だと思うからである。 ※絶滅はしていないかもしれ […]