ベルリオーズの「幻想交響曲」を演奏するために集まった、
一期一会、臨時結成のオーケストラとのこと。
ベルリオーズが好きなんて、
物好きを通り越してまぁ変態もいるもんだと、
負けず劣らず変態を自負する自分も、
急きょこの日の予定をキャンセルして、聴きに行くことにした。
蒲田か・・。
東京に住んで40年以上になるのに、
品川から先は未知の領域である。
蒲田・大森・大井町の3駅を合わせても、
おそらく乗り降りしたのは10回未満。
何より、品川を過ぎたあとの、この3駅の順番が分からない・・・
と思って、道すがら路線図を凝視して、
何とか順番を覚えよう、、と思っていたところ、
なんてことはない、字引に出てくる順番でよいということに気が付いた!
大井町(おおいまち)、大森(おおもり)、蒲田(かまた)
これでこのエリアへの苦手意識も払拭された(のか?)。
そんなこんなで、片道1時間かけて行ってきたわけだが、
実は「幻想交響曲」は、
僕がクラシックを聴き始めた10代の頃からかなり好きな曲で、
真剣に考えたこともないが、
もし自分が死んだら葬儀で何の音楽をかけてほしいか?と言われたら、
この曲か、フォーレのレクイエムか、マーラーの9番。
この曲は、とにかく楽しい。
ロマン派にありがちな重さもないし、美しいメロディに溢れてるし、
そしてフィナーレに近づくにつれてどんどん狂おしくなってくるカンジが、
退屈させない。
この曲で僕が気になるポイントは2か所あって、
まずは、第一楽章のもったいぶったような序奏が終わって、
第一ヴァイオリンが最初に恋人のテーマを奏でる中、
残りの弦が、心臓の鼓動のようなリズムを刻む箇所。
ここのワクワク感を、どう演奏するか。
次は、第四楽章のあの断頭台へのマーチの最後に、
「この世の名残」的に一瞬顔を出す、クラリネットによる恋人のテーマ。
ここの切羽詰まった感覚を、どう表現するのか。
マニアックな聴き方をしてしまい演奏者には申し訳ないのだが、
上記二か所とも、個人的にはかなり満足。
特に2か所めの、クラリネットは、意図してかしてないのか、
若干上ずったカンジが、絶命の瞬間を表すこの場面にピッタリで、
ここを普通に吹いてしまうと、
フィナーレで醜く変形した恋人のテーマのソロが生きてこない。
動揺したクラリネットと直後のトゥッティ、そしてフィナーレの饗宴・・
というこの曲のヤマ場を、しっかり押さえていたと思う。
好きこそものの上手なれ、とは言うものの、
おそらくかなり腕に自信があるメンバーが集まったのだろうと思われ、
全体的な安定感はかなりのものだった。
(それは「禿山」や「ペール・ギュント」も同様)
二楽章のワルツの、微妙にテンポを動かしていたところも乱れはなかったし、
終楽章の「狂宴」も、楽しんで弾いているのが十分に伝わってきた。
企画としても演奏としても、十分成功だったのではないでしょうか。
そして「幻想交響曲」、やはり最高です。
P.S.
自分の葬式でこの曲を流すことを考えてみると、
おそらくあまりに参列者が少なすぎて、
三楽章の英国式角笛のソロまでもいかないかも・・
でも楽しいワルツで終わるのも悪くない。