居酒屋の匂いというのが、ある。

酒の匂いでも、タバコに匂いでもなく、
かといって、料理の香りでもない、
どことなく懐かしいような、ゆかしいような、そんな匂いなのだが、

西洋料理屋にはなく、あくまでも和風の大衆居酒屋にしか存在しないものなので、
もしかしたら、醤油とか味醂といった調味料が発生源なのかもと思うものの、
正体はよく分からない。

店に入らずとも、その前を通っただけで、
その魅惑的な臭素が鼻を刺激すると、
もう居ても立ってもいられなくなる。

そして、頭の中の「酒スイッチ」がONになる。

つまり酒というのは単なる嗜好品ではなく、
もはや体の一部というか、現象というか、
感情と欲求と感傷を溶かした存在とでもいうべきか、
とにかく、本能と直結した正直な液体である。

本能と直リンクしているからこそ、
気分や気候、体調に応じて飲みたいものも変わってくる。

夏は暑いし、気分的にもスカッとしたいし、
そうなれば迷わず冷酒一択、

買って家の冷蔵庫で冷やす余裕などないから、
必然、冷えた状態で売っているものから買うことになる。

とはいえ大吟醸は好みじゃないし、予算もないし、
吟醸よりももう少し硬派なカンジで、、ということで、

ムダに前置きが長くなったが、
今回はこの「菊姫」の山廃純米。

 

「菊姫」(山廃純米)

 

「山廃」とは「山卸廃止」のことで、
「山廃仕込み」といえば、製造過程で「山卸」という工程を省いて作られたということ。

とはいえ「山卸」を省略して醸造するというのは、現代では当たり前のことであるので、
「山廃仕込み」というときは、
「山卸廃止酛(もと)」という「酛(もと=酒母)」を用いて醸造した酒のことを指すのが、
一般的であるようだ。
(このあたり、どうも諸説ありそう。
要するに「山廃」という語は、製法自体と酛の、2つを指しているというのが、
分かりにくさの根源。)

「山廃(=山卸廃止)」という製法自体は、
「山卸」と比べて工程が簡略化されたわけだが、

逆に、「山卸廃止酛」を使って酒を醸造するのは手間がかかるという、
かなり分かりづらい状態となっている。

結局のところ「山廃仕込」の酒は普及しなかったわけだが、
その普及に努めたのが、この「菊姫」なのだという。

そんな日本酒の薀蓄と、歴史を思いながら、
ちょっと味が濃いめの和食(煮物とか)と一緒にいただくと、
口当たりの良さの奥にある旨みが、ぶわっと広がるのを、
より一層味わうことができる。